老舗:岡本醤油醸造場 広島県豊田郡大崎上島町東野2577

老舗:岡本醤油醸造場 広島県豊田郡大崎上島町東野2577

「手造り醤油・田舎の麦みそ」は工場ではなく蔵で、酵母を生かす昔ながら(杉の木桶でじっくり熟成させます。)の製法で作っています。
大崎上島は瀬戸内海に浮かぶ島で、瀬戸内海特有の温暖な気候に恵まれています。

岡本醤油お楽しみセット
厳選した広島県産アキシロメ大豆、香川県産ダイチノミノリ小麦、愛媛県産イチバンボシ裸麦、天然の天日塩のみを使用しています。
※合成保存料、甘味料、化学調味料、カビ止剤等は一切使用しておりません。

商品は全て当店で原材料の大豆や小麦の選定から、瓶詰めまで一貫して行っております。本物の商品を愛し、素材にこだわり、商品の価値を評価してくれる人にこそこの「手造り醤油」を捧げたいとおもっております。

老舗:ばいこう堂 大阪府大阪市西区新町3-4-3

老舗:ばいこう堂 大阪府大阪市西区新町3-4-3

和三宝糖は江戸時代から製造が始まり、その製法は一子相伝で伝えられていました。
当時和三宝糖は大名家や一部の上流階級しか口にすることができませんでした。

近年、日本製の高級砂糖として、その品質がみなおされ、和三宝糖の需要は高まりつつあります。
肥料には、にしん粕(魚粉)を用いるなど、昔ながらの栽培法を今も守っています。砂糖きびは、香川県の温暖な気候と水はけのよい土壌で育ちます。

その花の咲く前には気温が下がって寒くなり、茎を残し葉は枯れてしまい、開花に使われる養分は茎に多く残ります。和三宝糖ができるために、こうした気候が必要です。和三宝糖の原料となる砂糖きびは、一年に一回しか収穫することができません。その年に必要となる砂糖きびを確保するためにいつも何年か先を考えて、栽培計画を立てています。
その年その年の気候の変化も、大変気になるところです。

さぬき和三宝糖は、香川県の特産物で純国産の砂糖であり、砂糖の最高級品にあたります。
きめの細かい黄白色の和三宝糖は、上品な独特の風味を持ち甘みが後をひきません。

その製法には、今でも手作業が重要な要素となっています。製造工程では、砂糖きびの絞り汁を煮詰めたり、砂糖の蜜を取り除く作業には、職人の長い経験と熟練された技術が必要です。製造には手間がかかるため、大量生産はできません。

また、和三宝糖は蜜分を含んでいます。和三宝糖と一緒に蜜分に含まれるカルシウム、鉄分などのミネラルを摂ることができます。
また、保存料を全く使用していません。

私たちは広く深い視野に立ち、さぬき和三宝糖づくりを通して日本の心と伝統の業を伝え、よりよい未来をつくるために努力します。

老舗:菊寿堂 大阪府大阪市中央区高麗橋2-3-1

老舗:菊寿堂 大阪府大阪市中央区高麗橋2-3-1

1830年(天保年間)の創業以来、心斎橋にあった菊寿堂が戦災に会い高麗橋にいてんしました。菊寿堂は淀屋橋と北浜の間にあります。このあたりは、主に製薬会社さんが多くあり、オフィス街になっていますのでいつも、たくさんの人でにぎわっております。お昼休みには、夏はかき氷、冬はおまんじゅうを食べにOLさんが立ち寄ってくれます。

季節により商品を変えています。
代表的な商品としては4月〜9月までの「葛ぶくさ」、11月の「銀杏餅」、12月の「柚子まん」、年間商品としては、梅ぼし、ます鏡があります。原材料は特別なものはなく小豆は丹波、備中を使用し北海道、海外のものは使っていません。機械をしようしていないので、粒あんは1度に1升、こしあんは1.5升までと決めています。和菓子の材料は、小豆と砂糖と穀物の粉の三点で、添加物は一切使っていません。

すべて手作りのため、一度に数多くは作っていません。旬の味を大切にしていただくため、商品はその日のうちに食べてもらうようにしています。

「ライフスタイル提案業」の、松山のリーディングショップ!

「ライフスタイル提案業」の、松山のリーディングショップ!

店舗名株式会社ブレス 所在地松山市大街道 2−1−1  業種婦人・子供服・紳士服・雑貨小売業

【店舗の概要】(沿革、立地、経営者、取扱商品など)
株式会社ブレスは、松山市の中心商店街である松山銀天街商店街と松山大街道商店街(下記写真右:商店街入り口)に、衣料品・雑貨・インテリアショップを 5店展開する衣料品・雑貨小売業である。

現代表取締役は、昭和 54年に株式会社ブレスを設立、その時どきの流行を取り入れながらも、ベーシックカジュアルを中心としたセレクトショップを立ち上げた。平成 6年には、松山大街道に立地する 30坪の本社ビルを購入している。

本社ビル 1階には、インテリアショップ「Bless Room」、本社ビル近くで松山大街道商店街に立地する店舗の 1階に「Bless of Bless」、2階に「MEN’S BLESS」、松山銀天街商店街に立地する店舗の 1階に「Bless PRESTIGE」、2階に「MEN’S BLESS STYLE COUNCIL」を設けている。松山銀天街商店街の方の 2店は、いずれも松山大街道商店街の 2店よりも、ターゲットの年齢層が若干高く、大人っぽい、落ち着いた志向になっている。

【当店の特長】(特に優れている点)
松山市における、セレクトショップの先駆者として、常にファッションをリードしてきた当社。しかし、単に先行的な優位性だけでは、約 30年もリーディングショップとして君臨できない。しかもこの業歴にもかかわらず、毎年 20〜30%の利益増を続けているのである。この要因として、3つの特長を紹介しよう。

@「ライフスタイル提案業」の意識の浸透
衣料品・雑貨を販売する店舗では、商品を仕入れて、店舗に並べて、販売する。その中心は「モノ」と「カネ」の流れ、すなわち「物販業」である。

しかし社長は、「一般的な物販業ではない、われわれは“ライフスタイル提案業”なんだ」と力説する。この場合、事業の中心はモノではなく、「情報」に転換されるのだ。

しかし、いくら社長が「ライフスタイル提案業」と言い放っても、実態がついていかなければ絵に描いた餅となってしまう。それでは、そうならないための最も重要で基本的なことは何か?−それは、「従業員への確実な意識づけ」である。この意識づけのために、当社で行っていることは、次の 2つである。

(1)マネジメント・プログラムの作成・配布
(2)全体・各部ミーティングの開催
(1)のマネジメント・プログラムは、社長自ら作成した小冊子である。その小冊子には、会社の方針や理念が十分に書かれてある。もちろん、ライフスタイル提案業として果たすべき役割や松山のリーディングショップとしてのビジョンも書かれてある。そして常に確認できるように、携帯に便利な手帳サイズになっている。
一般の企業では、このような手帳を作成・配布しても、従業員は机にしまいっぱなし、もしくは携帯していても開くことがないのが実情だ。しかし当社の従業員は、暗記するほどに腑に落とし、売り場にて具現化しているのである。

(2)のミーティングでは、単なる販売報告で終わらない。お客様やスタッフが、今何に興味があって、何を楽しんでいるか?という価値観やライフスタイルなどの情報交換の場としての機能も兼ね備えている。そしてこのような情報交換をすることで、「ライフスタイル提案業」を再認識できるのである。

Aブームを追わないファッションの提案
ファッション業界は、その時どきのトレンドやブームを牽引している。と同時に、ファッション品は「生鮮品」と揶揄されるほど、生産・仕入れをしたならば、その時節に売り切る必要がある、売れ残り・在庫リスクの高い商品である。

これは、売る側だけではなく、お客様の側でも同じことが言える。今年購入したものが来年には流行遅れになって着られず、タンスの肥やしになるほど、「もったいない」ことはない。

そこで、様々なメーカーブランドから、定番ファッションに適度な流行を取り入れた商品をセレクトして、「ブームではなく長く使える商品」を揃えて、各店それぞれ提案をしている。そして「高質だけれど値ごろ感(リーズナブル)のある商品」が、商品をセレクトするもう一つの基準である。

しかし、ブランド名は強調しない。あくまでも「ブレス」が、お客様に提案する商品として位置づけている。たとえば、1着 10万円ほどのマッキントッシュ製のコートは、当社の中では高い価格帯に位置し、かつブランド力で販売できる商品である。このような商品は、通常、目立つディスプレイで PRをしていく。

ところが当社では、他の商品と同じ扱いでハンガー陳列をしている。だからこそ、それを見つけたお客様は、まるで宝探しで宝を見つけたような感覚で、驚き、喜ぶ。そんな仕掛けも、「ライフスタイル提案業」ならではだろう。

高質で、長く使えて、リーズナブル、そして適度な流行性。言葉にすると簡単だが、この基準を満たすかどうか、商品を判断する「目」が欠かせない。よって、バイヤーの商品眼がとても優れていなければ、見つけることはできないのである。

当社では、販売員がバイヤーを兼ねている。すなわち、バイヤー自身が売り場に立っているので、お客様の動向を肌身で感じることができるのである。従業員は、株式会社ブレスで 15名。この規模で、社長ではなく、各セクションのバイヤーが、仕入れを任せられているのである。売り場主義の会社方針が、これからも見てとれる。

この体制により、たとえば「Bless of Bless」では、キッズコーナーを設置するなど、お客様の変化を品揃えに迅速に反映させることができるのである。

20年集めつづけた本物のアンティーク着物は、掘り出し物の山 茨城県 まねき猫

20年集めつづけた本物のアンティーク着物は、掘り出し物の山

店舗名 まねき猫 店主:照沼高子さん 所在地 茨城県ひたちなか市表町 10−10  業種中古着物・小物販売業

【店舗の概要】(沿革、立地、経営者、取扱商品など)
平成 13年、勝田商工会議所(現在:ひたちなか商工会議所)主催のチャレンジショップにて本物のアンティーク着物の販売を3坪でスタートした。
3年後、好調な売れ行きに自信を得て、商工会議所のチャレンジショップ事業が終了した後も、そのままの店舗を引継ぎ、売場40坪で本格店舗の運営をスタートさせた。立地は、JR勝田駅から徒歩 10分程の中心商店街の専門店が並ぶ一角に位置し、幹線道路に面している。道路を渡れば集客力の大きい長崎屋が近接している。

当店の開業以来、着物関係の店が 2件隣接出店している。店主の照沼高子さんは、少女時代から着物好き。成人の頃より毎月70枚の着物を買い、嫁ぐ際にはトラック3台分の着物があった。結婚を機にフリーマーケット等で着物を売ることを覚えていったが、いつか着物の店を持ちたいと考えていた。

オープンまもないが徐々に経営状況は良くなっており、売れ筋は、ちりめん大島であり、価格帯は300円から10万円の商品である。

【当店の特長】(特に優れている点)
@アンティーク着物の品揃えが豊富
・店主が 20年かけて集めた本物のアンティークがある。
つむぎの品揃えを特徴とし、幅広いバリエーションの商品を揃えている。
・お客さんからも高価で買い取りをしており、商品点数は5,000点を軽く超える。
A顧客とのコミュニケーションが何より大切(商いの心)
着物雑誌(全国誌)で紹介されたことから、青森、沖縄をはじめとする遠隔地から来訪する客もたまにいるが、約8割の顧客は水戸市・日立市に居住する、店主との昔からの馴染み客である。コミュニケーションを大切にし、お金だけでなく買う人・売る人にハッピーになってもらいたいとの思いが強い。そして、お客さんの輪を広げていきたいと考えている。店内には休憩コーナーがあり、ゆっくりと会話を楽しみ、着物について談義するスペースが設けられている。

創業100年目の「土用の丑」の日−大津の佃煮店に今年も行列 /滋賀

創業100年目の「土用の丑」の日−大津の佃煮店に今年も行列 /滋賀

「土用の丑」の日の7月26日、今年で創業100年を迎えた川魚店「馬杉湖魚店」(大津市本丸町)でも朝早くからウナギを求める客が店頭に並んだ。

開店前の早朝6時から並ぶ客もいる中、朝7時から炭に火を起こし焼き出し、11時過ぎには炎天下の中20人以上の行列ができた。「今年は日曜の後とあって少し分散したが、多い時には40〜50メートルの行列ができる」と同店4代目店主の馬杉和憲さん。「創業以来100年続く伝統」の炭火で焼くため、「長い時には2時間以上待っていただくこともある」という。この日も例年通り通常の10倍近くのウナギを用意したが16時過ぎには売り切れた。

閉店後、馬杉さんの妻・律子さんは「この日は年に一度のお祭り。今年もたくさんの人に来ていただき無事に終えることができた。100年目の節目となる今年も例年通り何も変わりませんよ」と笑う。

「生き残る」会社の法則

創業以来大切にしてきたことは、「昔からながらのやり方を変えない。店を大きくしない。広めない(宣伝をしない)こと」。「この店だから出せる伝統の味をしっかり続けていくだけ」と店主の馬杉さん。唯一変わったことは、「毎年この日は親せきなど総勢10人以上が出てきてくれるが、今年から高校生の娘や中学生の息子が手伝ってくれるようになった。次の世代にも伝える時が来たことかも」と笑顔で話す。

冬向けに考案、夏でも人気に 松江市 むしずし 湯気立ち上りアツアツ

島根県松江市の繁華街、東茶町にある「浪花寿し」では、湯気が立ち上るアツアツのすしを味わえる。その名も「むしずし」。地元の人はもちろん、ガイド本でも蒸したすしが取り上げられ、観光客からの人気も高い。アツアツながら酢飯の香りが食欲をそそり、夏でも注文は少なくない。元々は、客足が鈍りがちな寒い冬に客を呼ぼうと創業者の妻が考え出したメニュー。今では店の看板商品として、年間通じて楽しむことができる。

縦横12センチほどの小さいせいろ。ふたを取ると、さっと湯気が立ち昇る。その後に現れてくるのが、黄、赤、緑、黒などの鮮やかな色の組み合わせだ。黄はキンシ卵や栗、赤はエビやカマボコ、緑はグリーンピース、黒はシイタケ。牛肉煮やウナギもある。その下から、シイタケとタケノコを混ぜ込んだアツアツのご飯が酢の香りを上げている。
 
見た目に可愛いらしいせいろごと、はしでいただく「むしずし」。ほっかほかで、夏場は汗をかきながら食べる人も。それでも、酢飯が食欲を刺激し、思ったよりはしが進む。タイかカンパチのアラで作った汁がついて、値段は1000円。おわんからアラの尾がせり上がっていて、ちょっと豪勢な感じがする。
 
店主の坂本清さん(67)によると、創業者は曽祖父の坂本金蔵。金蔵は元松江藩士で、維新後、生計を立てるために大阪の料理店で修業した。松江に戻って居酒屋を開いたが、大火で焼失。その後、現在地で開いたのが、「浪花寿し」だ。「大阪で修業したからこの名前をつけたようです」という。
 
「むしずし」を考えたのは、金蔵の妻ナヲ。すし店は、夏に比べて冬は客足が落ちた。「温かいものを出せば、お客さんが来るのでは」と考えたナヲは、のりを七輪であぶったり、ご飯を温めたりと、試行錯誤。そして、すしを蒸すことを思いついた。
 
店は宍道湖のすぐ近く。宍道湖には「七珍」と呼ばれる食材がある。シラウオ、ウナギ、アマサギ(ワカサギ)−−など。豊富に採れた時代には、これらを「むしずし」のネタとして使ったこともあるというが、「七珍」は希少になったため、徐々に今のネタに落ち着いていった。
 
近年、松江の珍しい味として、観光ガイドなどに取り上げられるようになり、観光客が増えた。「むしずし」は元々、冬限定のメニューだったが、遠い所から訪れた観光客の要望に応えようと、年間通したメニューに変更。店の看板商品になった。
 
「むしずし」とともに人気を集めるのは、清さんの妻、恵美子さん(61)の人柄。出雲弁で気軽に声をかけ、地元の人はもちろん、観光に来た若い女性らとの会話がはずむ。おすすめの土産や観光施設を尋ねられることが多く、恵美子さんの丁寧な応答が、リピーターを生んでいる。
 
恵美子さんは、「とにかく温かみのある店になるようにと心がけています」と話している。浪花寿し(0852・21・4540、午前10時〜午後8時、木曜定休、水曜も休むことがある)。

中国に日本酒の活路求める 十八盛酒造・石合敬三社長 /岡山

江戸時代創業の蔵元「十八盛(じゅうはちざかり)酒造」(倉敷市)が中国に焼酎や日本酒の売り込みをかけている。県酒造組合加盟社で初めてで、中国の激しい変化の波にもまれ「日本の酒」の活路を新天地に求める。


 
同社は昨年5月24日、中国遼寧省営口市に直営店をオープンさせた。日本酒の国内市場は縮小傾向にある。同社8代目の石合敬三(いしあいけいぞう)社長(41)は「なんとかしないと先細りする一方だ、と決断した」と振り返る。
 
直営店で日本酒や米焼酎など8種類の販売を始めた。とはいえ、日本酒はもともと飲む習慣がない上に値段も高い。さらに、石合社長は「中国のビジネスマンは『どれくらい利益を出せるんだ』と厳しく質問してくる。即断を求められ日本流は通用しない」と話す。
 
4月からは中国で働く日本人もターゲットに。中国東北地方の中心都市で5000人以上の日本人が滞在する大連市の居酒屋や日本料理店5、6軒に地酒を置いてもらった。競争相手は同じ日本酒や焼酎のメーカーで、中には中国に工場を持つ会社もあるという。
 
石合社長は17〜20日、大連市へ出張。日本人が経営するレストランで試飲会を開いた。県の大連ビジネスサポートデスクの呼び掛けで集まった県人会の人や中国人、米国人も参加。地元フリーペーパーも取材したという。
 
好評だったのは、古代米で仕込んだ「紅ポッポ」や県産マスカットも使った「フルーツの雫(しずく)」など。石合社長は「女性受けする、さわやかな味わいのお酒の方が店には置いてもらえそう」と話す。
 
ハイリスクとも言われる中国ビジネス。石合社長は「中国で事業を続けるかどうかを決める期限は区切っている。これからが正念場」と顔を引き締める。中国人好みの華やかなパッケージを考案中だ。「鍵を握るのは商品力。現地のニーズにあったおいしいお酒を考えたい」と力を込めた。

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