老舗:長池昆布 大阪府大阪市北区西天満4-7-6

老舗:長池昆布 大阪府大阪市北区西天満4-7-6

創業は慶応元年(1864年)で江戸時代末期に辺ります。幕府から朝廷に政権を返すという大政の奉還が慶応四年ですので、その四年前の創業ということになります。

時は幕末の混乱期で、貧窮する大名への不良債権、幕府からの軍資金要請等で大きな商売屋は体力を失い、続く大きな社会変革を乗り切れず次々倒れていきました。弊店は開業直後の小さな店だったため相手にされず難を逃れました。

当時昆布は貴重な食べ物で、なかなか一般庶民の口には入らなかった様ですが、明治中頃から弊店三代目が、塩昆布、とろろ昆布を初めて木箱に詰め、贈答用を考案した事で庶民の生活にも昆布が浸透していったそうです。

駅は淀屋橋。すぐそばには江戸時代より全国から収穫された年貢米を保管し売りさばくために、諸大名や豪商たちの蔵屋敷が135軒も立ち並び、今でもそのレトロな面影を残す中之島、堂島があります。

塩昆布各種、とろろ、おぼろ昆布、山出し昆布、梅こぶ茶。季節商品として山椒の花を集め採り、新鮮な内に醤油で煮た花山椒があります。昆布は最高級品といわれる北海道南部産天然昆布を使用。良質の天然昆布本来の美味しさを、昔ながらの製法によって現代に受け継ぎ、限られた希少な素材を一品一品ていねいに調整しお客様にお届けしています。

昆布は食べておいしいことはもちろん、カルシウムやビタミン、ミネラル、ヨードなど私たちの健康に必要な栄養素がたっぷりと含まれているアルカリ性食品です。高血圧や老化を防ぐ働きがあると言われるヨードが、他の食品などより断然多く含まれており、また牛肉や牛乳と比べてもビタミン、ミネラル、カルシウムなども豊富で各種の成分が効率よく含まれています。また、血中のコレステロールを下げるアルギン酸や食物繊維も多くその上、低カロリーな食品です。

弊社は、すべて手作り、デパ−ト・量販店等での販売は致しておりません。創業以来5世を継承致しまして円熟せる技術と独自の製法とを併用しいささかも原料の素質を損なわないよう専ら滋養風味に重きを心掛けております。

老舗:知床鮭鱒舎 北海道斜里郡斜里町朝日町7-42

老舗:知床鮭鱒舎 北海道斜里郡斜里町朝日町7-42

大正5年、祖父 室本 堅太郎、新潟北浦原郡(中条町)〜江戸期より鮭業のさかんな三面川の近く〜より北海道に入り、故郷に似た風土の知床・斜里において鮭漁業を始め、以来、鮭の生産販売をつづけ、私の代より加工品として確立いたしました。

知床はヒグマやエゾシカ、オジロワシ、オオワシなどの大型野生鳥獣を初め多様な野生生物が生息しているわが国に残された唯一の原始境で1964年(昭和39年)に国立公園の指定を受けました。

鮭とば、新巻鮭、鮭ハウスの一夜干など。鮭にはアスタキサンチンが多く含まれています。アスタキサンチンは、筋肉カロテノイド色素を構成する主成分で、エビ、カニ、サケなど、海産物に多く含まれています。

アスタキサンチンの効用については、最近話題になっているポリフェノールなどと同様、抗酸化作用があり、活性酸素を抑制することにより、老化、動脈硬化、ガン、糖尿病などの予防が報告されています。
アスタキサンチンは数々の実験で抗酸化作用の代表であるビタミンE(アルファ・タカフェロール)よりも500倍の抗酸化作用が認められています。

北海道において、先住民族の時代より軒下、炉端にぶらさげられた鮭、鱒は自然が生みだしたすばらしい乾物であり、薫製品であります。今こそ知床の海が生みだす海産物を再評価すべき時代であり、その食材にこだわりを持ち、より素朴に提供することが目的です。

老舗:末廣堂 大阪府大阪市住吉区東粉浜3-12-14

老舗:末廣堂 大阪府大阪市住吉区東粉浜3-12-14

大阪の初詣といえば「すみよっさん」。大晦日の夜から、門前は人々でいっぱいになります。1年の幸を祈願する人でごったがえします。
三が日の参拝客数は、毎年200万人を超え、大阪の人に今でも愛され続けています。さつまいもが、大阪府民の氏神である住吉大社の近郷で栽培されるようになったのは元禄年間。往時、住吉みやげだった蒸し芋が、銘菓「さつま焼」となって幾星霜を過ごしてきました。
いも、たこ、なんきんは女性の好物、その筆頭のさつまいもを女性の嗜好物としたのは、浪華住吉の蒸し芋でした。元禄の昔から昭和初期まで住吉大社の門前で売られ、往時いもと云えば里芋より知らなかった浪華の人達に愛好されていましたが、今はその蒸し芋も影をひそめてしまいました。
初代が明治初年に、住吉物産であったさつま芋を形どった和菓子を創作し、「さつま焼」と名付けて販売を始め、現在に至っております。

浪華名物「さつま焼」(登録商標)さつま焼に使われるこし餡は、十勝小豆を十分アク抜きして淡泊な味に煮上げ、伝承の皮で包み、一本ずつ竹串に刺して整形し、卵黄を塗って焼きあげております。製造工程に手作業が多く、大量生産は出来ません。小豆はバランスの良い栄養素を含み、その中の蛋白質は良質のアミノ酸組成であり、身体の働きにかかせない澱粉質(炭水化物)を摂取する事ができます。また、消化促進に必要なB1、老化防止のE、等々が豊富に含まれており、小豆の成分は餡になっても生きています。皮、餡に使用する砂糖は、糖尿病、低血糖症、高脂血の原因食品ではなく、脳の栄養素として大切なものと言われています。

名物というものはその土地にあってこその名物であり、百貨店の催事以外は他府県に店舗展開をしません。信用を第一とし、これからも父祖伝承の製法を守り抜いていきます。

老舗:山田屋まんじゅう 愛媛県松山市堀江町528-1

老舗:山田屋まんじゅう 愛媛県松山市堀江町528-1

明治維新の前年にあたる慶応三年。宇和町の商家に一人の巡礼が現われ、一夜の宿を請いました。 主はこの旅人を手厚くもてなしたといいます。 巡礼はその礼として主にまんじゅうの製法を教えました。そのおいしさは評判を呼び、主は巡礼を日頃信心している山田薬師が姿を変えて教えてくれたと信じ、その年に「山田屋」の屋号で店を開きました。それが現在に伝わる「山田屋まんじゅう」となったといわれています。

終戦後の日本の復興を担い、民主主義を根付かせた吉田茂元首相(1878〜1967)は和服姿で葉巻を楽しむ名宰相としてよく知られています。外交官として世界を歴訪した経験があり、その食通ぶりも高名でした。

神奈川県大磯ですごされた晩年もそれこそ千客万来で、キャビア、ブランデー、葉巻など世界の名産ばかりでなく、国内の品物も手みやげ品として届けられました。

吉田茂元首相は高知県出身ですので、四国にはひときわ強い愛着を示していました。
宇和町の有力者が昭和27年に「山田屋まんじゅう」を贈ったところとても気に入られ、「毎度まんじゅう、おいしくいただきました」と署名入りの礼状が届きました。
以来、山田屋は毎月70個入りの大箱を送り続け、国葬の日にも霊前に供えられました。

北海道十勝産の上質の小豆を贅沢に使い、じっくりと、そして丹念に練り上げたこし餡。そのこし餡が薄紫色に透けて見えるほどの薄皮でくるんだ「ほどよい甘さで後味の良い」一口サイズのおまんじゅう。
わたしたちは百三十有余年、このまんじゅうただ一品にこだわり続けています。

初代高辻源蔵が創案した製法は、二代、三代と代々精進され、秘傳として伝わり、現在で五代目。 ただ一種類のまんじゅう造りにこだわり続け、親から子へ、子から孫へと伝え守られた「味」は日本国内はもとより、海外にも多くのファンを持つようになりました。お客様の期待を裏切らないよう、今後も守り続けていく所存です。

フレンドリーな接客と個性溢れるコーディネート提案

フレンドリーな接客と個性溢れるコーディネート提案

店舗名株式会社 WAGON 所在地宮崎県宮崎市橘通東3−5−33 佐藤ビル 業種紳士服・婦人服小売業

【店舗の概要】(沿革、立地、経営者、取扱商品など)
宮崎駅から 700mほど西に向かい橘通りへ抜けるところに、若草通り商店街振興組合はある。周辺には山形屋、ボンベルタ橘等の大型店やいくつかの商店街に囲まれた宮崎市の中心市街地で、ファッション関連のお店が多数存在する若者に人気の商店街である。

この若草通り商店街のほぼ中央にある WAGONは、平成5年宮崎市広島通りにて、インポートカジュアルウエアショップを創業。平成 16年に若草通り商店街に本店を移転し、 1階にレディスカジュアルのお店、2階にメンズカジュアルのお店をオープン。
平成 17年3月業務拡充を図るため、有限会社から株式会社へ変更した。現在、メンズ、レディスカジュアルウエアを取り扱うセレクトショップとして、本店のほかに宮崎駅前のファションビルギャゼット内等に3店舗展開している。

代表者は、大学卒業の2年後 25歳で創業し、現在 30代後半という若い代表者で従業員も 20代半ばというフレッシュでセンス豊かなお店づくりをしている。

【当店の特長】(特に優れている点)
@フレンドリーな接客により顧客に合わせたコーディネートを提案 当店の顧客台帳に現在登録されている顧客数は、約 1、400名となっている。その7割が宮崎市内で、それ以外は県内各地の顧客である。顧客の年齢層については、 20代半ばから 30代前半とほぼターゲットとしている客層に集中している。また当店の従業員も客層と同年代の 20代半ばが中心となっている。そのため、来店される顧客と従業員が友達感覚でファッション以外の様々な会話も交わし、その中から顧客の感性やライフスタイルにあったコーディネートを提案している。

A宮崎のファッションリーダーを目指していち早く情報を提供
宮崎市内には大手のセレクトショップが出店していないため、当店の日々の心がけとして「どこよりも速いブランド開拓」ということを掲げ商品仕入れを行い、その着こなし方については、店内中央に様々にコーディネートした写真集を置き顧客に対してビジュアルに着こなし方を提案している。また将来的には、大手ブランドの代理店になることをひとつの目標としている。

Bターゲット顧客と同年代の販売員による仕入
ターゲットとされる顧客は固定化されているが、経営者や販売員は年々歳を重ねそれとともにターゲット顧客との間に感覚的なギャップが生じてくる。それを防ぐため、仕入れについては店舗毎にターゲット顧客と同年代の販売員に仕入れを任せ、常にターゲットとしている顧客の感覚で商品を選定し仕入れを行っている。そのため販売員は自信と責任を持って商品を勧め顧客に喜ばれている。

C若き商店街のリーダーとして地域活動への参加
当店の立地している若草通り商店街は、他の商店街に比べ若者をターゲットとしたファッション関連の店舗が多く、また経営者も若いことからファッションをキーワードとした地域住民や来街者に対しての情報発信、コミュニケーションの場を作ることを目的とした「ファッションコミュニティ若草通り」を目指している。当店はその中心的存在として、経営者だけでなく従業員も含め商店街活動にも積極的に参加し、リーダー的存在として若き経営者の考えや感覚で様々なイベントなどを企画して商店街活動を行っている。

「ファッションスタイルショー」
「若草ワインパーティ」
ボージョレーヌーボーの販売時期に合わせ毎年開催されている。
「サンデーマーケット」
地元の商店が多数参加しワゴン販売やイベントが行われる。

業種特性に合わせた品揃え戦略でニーズに対応。広域から顧客を集める。

業種特性に合わせた品揃え戦略でニーズに対応。広域から顧客を集める。

店舗名EXCELオギハラ 所在地佐賀県佐賀市唐人町 業種カバン販売業

【店舗の概要】(沿革、立地、経営者、取扱商品など)
佐賀市唐人町商店街は、佐賀駅と佐賀城跡を直線で結ぶシンボルロードに位置し、市内一番の中心街として市外、県外から訪れる人で賑わってきた。しかし、郊外大型店の進出、博多への消費の流出等により来街者は減少を続け、空き店舗率は 11%となっている。

小城原商店は、唐人町商店街の中程でカバン販売店「 EXCELオギハラ」と、その2軒隣に手芸用品店「オギハラ唐人町店」の 2店舗を経営している。

同商店は、先代社長が昭和 21年に手芸用品の卸売業を車 4台で開業した。その後順調に業績を伸ばし、現社長が大学卒業後家業に就いた頃には、卸売業の傍ら手芸品、バッグ、アクセサリー等の小売販売を開始していた。

数年前から選択と集中のリストラクチャリングを行い、 5店舗のうち 3店舗を閉鎖して現在のカバン店と手芸店の 2店舗に絞込んでいる。

【当店の特長】(特に優れている点)
@カバン店は、ライン(ブランド)を絞り、専門店として数多くのアイテムを揃えている。
カバン販売に関しては、以前は様々な有名ブランドを揃えており、独自の特徴が出しにくいことや、仕入れメーカーの直営店出店や方向性の転換といった動向に左右されやすいという課題があった。

そこで思い切って、品質が良くお客様に自信をもってお奨めできる吉田カバン(株式会社吉田)の「 PORTER」と「 LUGGAGE LABEL」の 2ブランドに絞込みを行った。その分、これら2ブランドに関しては数多くのアイテムを展開することができ、九州で一番の品揃えとなっている。

“吉田カバンの店”としてタウン
誌等雑誌に数多く取り上げられ、ビジネスマンを中心に佐賀県内外から多くのファンが来店している。

平成17年4月より同店のホームページを全面改訂し、吉田カバンを前面に打ち出してネット販売を開始した。
ネット販売は順調に伸び、約半後には月間売上の約15%占める程になっている。

A手芸用品店は、卸売業の強みを活かした豊富な品揃えとなっている。
手芸用品は、ブランドよりも品揃えの多さが要求され、商品の維持管理が悩みの種となる。同店は卸売業から始めており、現在も佐賀県、長崎県、福岡県の小売店や手芸教室等に卸しているという強みを十分に発揮し、その豊富な品揃えは県内トップである。

取り扱う手芸分野も幅広く、編み物、洋裁、パッチワーク、ビーズ、トールペイント、和雑貨等を趣味とするお客様が材料を求めて遠くから訪れている。

サービス面も充実しており、「編み物教室」(受講料月 2回、3,500円/月)など講師を招いた手芸教室の開催や、創作スペースの提供、作品の展示・販売を行っている。
創作スペースは、 1ヶ月
500円を払えばいつでも使用でき、手芸の知識・技術がある
スタッフに聞きながら、初心者からベテランまで同じ趣味の人が集まって楽しく作業できるスペースとなっている。

「手づくり作品募集」として、お客様に呼びかけて出来上がった作品の販売を行っており、店内にはそうした作品がセンス良く飾られており、安価で販売されている。

独自のファッション、ライフスタイル提案で大躍進!

独自のファッション、ライフスタイル提案で大躍進!

店舗名ギャザー 所在地佐賀県佐賀市唐人町 業種衣料品販売

【店舗の概要】(沿革、立地、経営者、取扱商品など)
佐賀市唐人町商店街は、佐賀駅と佐賀城跡を直線で結ぶシンボルロードに位置し、市内一番の中心街として市外、県外から訪れる人で賑わってきた。しかし、郊外大型店の進出、博多への消費の流出等により来街者は減少を続け、空き店舗率は 11%となっている。

株式会社ギャザーは、昭和 61年、唐人町商店街に約 8坪の小さな婦人服店にて創業した。平成元年には佐賀市呉服元町に 2店目を出店。地元ファンを増やし売上も順調に伸ばす。その後、平成 12年にイオンショッピングセンター(以下、イオン SC)に出店したのを皮切りに、九州地区に次々とオープンするイオン SC内に出店。現在は、本社ビル( 1階カフェレストラン、 2階婦人服店)、唐人町本店、 FC3店、九州圏内(佐賀、福岡、長崎、宮崎、熊本) 8箇所のイオン SC内にて展開している。その他、子会社として平成 16年にアパレル企画の会社を東京・代官山に設立し、オリジナルブランド「 gather」を立ち上げ直営店で販売している。

ファッション不況が叫ばれる中、株式会社ギャザーの売上は平成 13年以降毎年、前年比 125〜130%で推移している。新規出店で店舗が増えただけでなく、既存店も好調で、例えば、本店の平成 17年の客数は前年比 140%であった。自他共に認める佐賀県のファッション業界のリーディング・カンパニーとして成長を続けている。

同社社長の石丸氏は、建築関係の仕事をしていたが、好きなファッションの仕事をしたいと考え、 28歳の時にいきなり唐人町商店街で独立開業した。当初は取引してくれる仕入先探しに一苦労だった。しかし、持ち前の“ファッションセンス ”と“情熱”で全国展開を目指すまでに事業を拡大してきた。
同社のコンセプトは、「生き方は服に出る!」である。

【当店の特長】(特に優れている点)
@店毎に異なるマーチャンダイジング
株式会社ギャザーでは、国内外の有名ブランドを中心にカジュアルからフォーマルまで様々なタイプの商品を取り扱っている。商品の仕入れは本部を通して実施するが、各店長が自店の客層に合わせた MD計画に基づき品揃えを行う。

積極的に多店舗展開している同社であるが、石丸社長は「同じ MDの店を出すことは有り得ない!」と言い切る。店毎にターゲットとする顧客像を明確に描き、「生き方は服に出る」のコンセプトのもと、顧客の要望に応えうるブランド・商品を選択する。そのため、唐人町商店街内だけでも複数の店舗展開をしても、顧客の食い合いを起こしてしまうことはなく、前述したように既存店も客数を増やし続けている。

A提案できるスタッフの育成
同店のファンが増える大きな理由の 1つが、スタッフのコーディネイト提案力である。顧客の購買動機、要望を自然に聞き取り、コーディネイト提案を行うという流れが出来上がっている。また、店内はブランド毎に様々なシーンを演出したディスプレイ陳列がなされ、お客様がイメージしやすくなっている。

株式会社ギャザーでは、このように商品の仕入れを任せたり、ファン顧客を増やしたりできるようなスタッフの育成に力を入れている。

従業員マニュアルを作成して基本訓練を行うことはもちろん、日々ファッションの研究・勉強を行っている。社長と何人かのスタッフは毎年パリ・コレに視察に出かけるなど、最新のファッションの情報を収集し、社内で話し合い勉強を重ねている。そうして様々なものを見聞きした中から、独自のセンスでチョイスし地域の顧客に発信しているのである。朝礼やミーティング、集合研修の際には、社長を含めスタッフ皆が思ったことや感じたことを“話し合う”ことが組織づくりには重要と考え実践している。それが可能な雰囲気が出来上がっているのである。

B単なる販売に留まらないファッション、ライフスタイルの提案
株式会社ギャザーでは、平成 16年に東京に子会社を設立し企画製造を始めた。仕入れ販売に留まらず、独自のセンスでお客様に合った洋服をつくりたいとの思いから、オリジナルブランド「 gather」を立ち上げた。

また、同社が考えるファッションとは、単に衣服を販売することだけではない。気分に合わせて、おしゃれな洋服を着て、おしゃれなカフェでおいしい食事をして、音楽を聞いたり、街をブラブラ歩いたり、ライフスタイルを提案していきたいとしている。

買い物をした帰りにちょっとお茶を飲める場所が欲しいな、ということから出来たのが、唐人町商店街内の本社ビル 1階のカフェレストラン「シャーボン」である。
パリのカフェをイメージしたおしゃれな店舗で、ランチタイム(11:00〜14:30)には 1,000円前後で好みのコースが選べる。女性に大人気なのはブランチタイム(15: 00〜18:00)のデザートバイキングで、多くの女性がティータイムを楽しんでいる。

“こういう店があれば良いな”をおしゃれな形で実現していくことが、「ギャザー」というブランドイメージを作り出し、固定ファンを増やすことにつながっている。

自宅に招くような接客と従業員満足の相乗効果!

「ブランド」を売っているんじゃない!自宅に招くような接客と従業員満足の相乗効果!

店舗名株式会社ブルーム 所在地松山市湊町 4-10-8  業種婦人服・雑貨小売業

【店舗の概要】(沿革、立地、経営者、取扱商品など)
株式会社ブルームは、松山市の中心商店街である松山銀天街商店街に、女性向け衣料有名ナショナルブランドを 9店舗展開する衣料品・雑貨小売業である。

スーパーマーケットの婦人服のバイヤーだった現代表取締役が昭和 63年に有限会社ブルームを設立、現在取り扱いブランドのうちの中心ブランドである「45RPM」を皮切りに、女性向け衣料のナショナルブランドを徐々に増やして現在に至っている。

店舗は、松山銀天街商店街に路面店として 3店、ファッションビル「BE−FLAT」の 1階フロアすべてを当社が借り上げて 5店、いよてつ高島屋内に 1店の計 9店舗を有している。上記店舗外観の写真は、個性的なファッションを志向するブランド「45RPM」の路面店であり、下記写真左は、キャリア志向の女性向けの「NATURAL BEAUTY BASIC」の路面店である。

通常、女性向け衣料の有名ナショナルブランドは、百貨店やファッションビルなどの商業施設や、商店街に属さずに独立店舗として展開している。しかし当社の方針として、商店街立地にこだわりを持ち、共存共栄を目指している。そしてそれが、商店街に洗練された彩りを与え、来街者の集客にもつながっている。

【当店の特長】(特に優れている点)
ナショナルブランドを扱っているから業績が良い、と一言で片付けてはいけない。それは、松山市という地方都市での展開にもかかわらず、取り扱いブランドのほとんどで、それぞれのブランド内で全国上位にランキングされる売上高が示唆している。

当社では、新しく取り扱うブランドの選択基準の一つに「四国に一店舗だけのブランド」を挙げている。そうすることで、商圏を広く取ることができるため、これも成功要因の主要な一つである。しかしここでは、「ブランドを売っているんじゃない!」を徹底する、当社の他の特長を 2つ挙げよう。

@おもてなし・くつろぎの接客を徹底
当社が最も重要視しているのは、「接客」である。特に衣料品小売業では、口々に「接客が重要」と言われるが、その重要性を従業員に徹底して、売り場で実行されている店舗は、そう多くはないのが実情なのだ。

当社では、従業員への接客教育として、接客マニュアルに加えて、定期的な接客研修を行っている。その研修では、現場百戦の営業本部長と部長とマネージャーが、店長とスタッフに対してロールプレーイングで徹底指導を行う。

当社の接客方針は、お客様が「自分の家に遊びに来て頂いたように」接客すること。
自分の家に人を招く時、その人に対してどのように応対するか?
これを問いかけることで、従業員に「接客」を考えてもらう。

お忙しいところよく来てくださいました、とねぎらう。イスや座布団を勧めてくつろいでもらう。飲み物やお菓子、手づくり料理などを出しながらもてなす。最近の出来事や世間話などで談笑する。そして気づくと、あっという間に時間が経っている …。

そこには自分中心の振る舞いはなく、常に愛情を持って相手を気づかう心と笑顔で応対する姿勢がある。そしてお客様に楽しんでもらえたら、そのお客様は「また遊びに来たい」と思うだろう。これを売り場で実現するのだから、お客様の満足度が格段に高くなるのは必然なのである。

また、顧客カルテにお客様の「似顔絵」を描くことを義務付けている。だから、初めてのお客様でもしっかりと顔を見て接客をし、次回の来店時でもすぐに思い出せるので、スムーズな接客が可能なのである。

このように、まるで販売員の自宅に遊びに行ったかのような接客を受けたお客様は、お店のファンになっていく。「45RPM」店のファンが、ブランド名入り手づくりの指人形をお店にプレゼントするのもうなずけるのである。

A従業員満足の追求
接客を重要視するあまりに、トップや店長が「十分な接客をしなさい」とスタッフを叱咤したり、教育をしたりしても、なかなか成果が上がらない、と嘆くお店は多い。

「接客」は、相手を喜ばす視点が必要である。その一方で、この「接客」という行為は、自分が置かれている環境に満足していなければ、なかなか自発的にできないものだ。

衣料品販売店は非正社員の割合が高い傾向があるが、当社では、約40人の従業員のうち 35人が正社員という高正社員率である。そして、年功序列を排除したまったくの実力主義。店長・スタッフ個々人が、販売目標と販売額を自主管理することも、動機づけとなっている。

スタッフの募集に対して非常に多くの応募があるほどに、人気企業の当社であるが、他の特長として特筆すべき点は「スタッフルーム」である。

接客という、心理的に適度な緊張感が必要で、かつ立ち作業となる職務を続けるためには、ゆったりと仕事から解放される時間とスペースが必要である。

しかし、通常店舗では、売り場面積の確保のために、従業員が休息するスタッフルームが狭小となりやすい。カーテン越しの狭いスペースで、急いで食事を取っていたのでは、休息どころか気分転換にもほど遠くなってしまう。

そこで、十分なおもてなしの接客をするために、当社はスタッフルームを充実させている。路面店 3店の、それぞれの上階層の丸々1階を利用することで、開放感ある広さのスタッフ・ルームとなっている。その広さに加えて、白基調の壁に木目調というナチュラルな部屋づくりは、まるでマイナスイオンが発生しているかのような居心地の良さを感じる。また、コーヒーなどの飲み物もセルフサービスで自由に飲めて、テレビや雑誌も自由に見られる。
休憩中のスタッフが、みんな笑顔だったのが、当社で働くことが楽しいことを裏付けている。そしてこの従業員満足が、充実した接客=顧客満足へとつながっているのである。

当店のそばが「米子そば」と言われる独得の味と固定客の心をつかんではなさない

当店のそばが「米子そば」と言われる独得の味と固定客の心をつかんではなさない店内の演出

店舗名 林そば屋  所在地 鳥取県米子市東倉吉町 45  業種 そば・うどん店

【店舗の概要】(沿革、立地、経営者、取扱商品など)
林そば屋は、大正 9年頃創業し、80年以上同じ場所、同じ製法でそばを作りつづけている。そばは、経営者の次男俊男氏が毎日打っている。ダシは、鯖の削り節と地元の製造業者に特注している醤油のみを使った甘辛い味付けである。材料はシンプルであるが、そばもダシも深い味わいがすると評判がよい。「昔ながらのそば」その伝統を今も守っている店なのである。

店舗立地は、商店街の一番端、国道 9号線からは反対側にあり、決して立地に恵まれているとはいえない。しかし、林そば屋の“米子そば”には多くの固定ファンが存在し、店舗を訪れる。近隣には、市役所・金融機関・医大などがあり、そこに勤める職員が昼時になると、林そば屋に足を運ぶ。近隣だけではなく、遠方から自動車で“米子そば”目当てに訪れるファンも少なくない。

【当店の特長】(特に優れている点)
@当店のそばが「米子そば」と呼ばれる独特の味とメニュー
林そば屋のそばは、“米子そば”と呼ばれている。しかし、米子地方に米子そばというジャンルは存在しない。ある客が林そば屋のそばを食べた時にそのおいしさに感動し“米子そば”と命名したのが始まりである。それ以来、林そば屋のそばは“米子そば”と呼ばれている。近隣の競合店のそば屋とは全く別のそばといえる。特徴をしっかりともった商品により顧客の心を掴んでいる。

(1)毎日打つ自家製そば
林そば屋のそばの味を一言で言うならば「昔ながらのそば」である。林そば屋のそばをはじめて食べた客でさえ、懐かしい味だと感じる方が少なくない。味だけではなく、米子そば独得の香りがいいと評判になっている。新しいものでは決して出せない、80年前から「そば作り」という伝統を伝えつづけているからこそ出せる特徴である。

(2)黒いダシ
米子そばのダシ汁は、この地方のそばの出し汁としては珍しく黒に近い色をしている。見た目は非常に辛そうで、初めて米子そばをみた客は少し驚いた顔をする。しかし、一口食べてみると思っていたほど辛くないことがわかる。初めて食べた人には、そのインパクトとギャップが米子そばを忘れさせない要因となっている。

(3)イカのみを使った天ぷら
一般的に「天ぷらそば」というと、海老天やかき揚げを想像するが、米子そばの天ぷらはイカのみを使用している。山陰沖で水揚げされる鮮度抜群のいかは、全国の中でも最も品質がよいとして有名である。調理法は、細切りにしたイカをかき揚げにするというシンプルなものである。他の余計なものは入れず、地元特産のイカのみを使用した天ぷらにこだわることで、シンプルながらも何度食べてもお客を飽きさせない味になり、林そば屋で一番の売れ筋商品となっている。また、イカを細切りにすることでやわらかい食感で、高齢者でも食べやすく評判がよい。

俊男氏が、「イカの身の部分だけ使用してゲソを捨ててしまうのはもったいない…。」と 10年前にゲソ天そばを開発した。ゲソ天そばを新たにメニューに加えてからは、現在まで同じメニューのまま流行に左右されない味を守りつづけている。

A味と店内の演出が固定客を増やす
(1)定期的に食べたくなる味
米子そばは味が独得のため、いわゆる「癖になる」顧客が多い。店内は常連客が 9割以上を占めており、ほとんどの客は顔なじみである。経営者である母親の好子氏に代わって実際に店舗を運営している俊男氏は、接客技術に関しては特に優れているということではない。むしろ無口な職人といった人柄であろう。俊男氏のまじめに仕事に取り組む姿勢がそばの味にも表れている。ただ特徴があるだけのそばだったならば、これほどお客を引き付けることはなかったであろう。母子二人三脚でまじめに守る伝統の味に惹かれ、お客は林そば屋に足を運ばせる。

(2)顧客ひとりひとりがメニューを作る
米子そばのトッピングは、基本的に「玉子」「いもかけ」「天ぷら」「げぞ天」の 4種類である。一般的な蕎麦屋のメニュー数と比較すると明らかに少ない。しかし、「ゲソ天そば、ゲソ天別皿で」「天ぷらそばに天ぷらを2ついれて」などといった注文が頻繁にある。お客ひとりひとりが、『自分メニュー』を開発して注文しているのである。俊男氏は、お客のそんな“わがまま”ともいえる注文に快く対応する。そうすることで、4種類しかないトッピングであっても、パターンは数十数百となり、「米子そば」が自分の好みにぴったり合った「マイ米子そば」となって、顧客をさらに引き付けることになるのである。

(3)店の中に暖簾(のれん)をかける
一般的に暖簾というのは一日の開店と同時に店の前にかけ、店が閉まる時に店内にいれるものである。しかし、林そば屋では、店前には暖簾をかけることはなく、店の中に大きな暖簾を 2つもかけている。店内に暖簾をかけていることを疑問に思う顧客も少なくない。

消費者は意外と店の名前を覚えていないものである。「駅前の店」とか「商店街の角にある店」としか覚えていないことが多い。以前は林そば屋も店名を覚えてもらえないことが少なくなかった。そこで、「お客様と親密になるには、まずお客様ひとりひとりに店の名前を覚えてもらうことが大切」と、店の中に暖簾をかけることにした。
暖簾は大きく、店内のどこに座っていてもまず暖簾が目に入ってくる。この効果によって、今ではほとんどのお客様に店の名前を覚えてもらうことができた。

オーダーメイドで顧客ニーズに応える金物製造小売店

オーダーメイドで顧客ニーズに応える金物製造小売店、ホームページ掲載で顧客範囲が拡大

店舗名干場金物店 所在地石川県鳳珠郡能登町字宇出津新 23 業種刃物・金物製造小売業

【店舗の概要】(沿革、立地、経営者、取扱商品など)
石川県能登町の宇出津(うしつ)地区はイカ釣りなどの漁港であり、同町の中心市街地である。 5つの商店街で能都町商業振興協同組合を組織し、当店はそのうち新町通り(国道 249号)沿いの商店街の一角にある。屋号は「ふくべ鍛冶」と称し、明治 41年創業の昔ながらの鍛冶屋である。

昭和初期に現在の場所に店舗兼鍛冶場の事業所を構え、その後昭和 52年に工場を郊外へ移転し、現在地は店舗専門とした。取扱商品は地元の農林水産業者用の鎌、鍬、鋤、鉈、包丁、鋏といった刃物・金物類である。

経営者の干場氏は当店の 3代目。昭和 37年に同業に就き、刃物類の仕入販売のかたわら、全国の刃物産地(高知県土佐刃物、福井県越前刃物、大阪府堺刃物等)で研鑽し技能を向上させてきた。

【当店の特長】(特に優れている点)
@顧客の細かなニーズに応えるオーダーメイドができる
農林水産業に従事する方は、その土地によって異なる器具を使う。例えば農機具である鍬(クワ)はその土地の土質によって刃の形状や角度が微妙に異なる。砂地であれば、クワを「打ち込む」のではなく「引っ張る」感じで使うので柄と刃の勾配が強い方がよい。一方、粘土質の土地であれば深く掘るために勾配が少ない、といった具合である。ほかには、漁師が使う万能包丁「マキリ」やサザエの身をかき出す道具などもある。当店は鍛冶屋であるため、こうしたその土地や用途に合った道具類を顧客のニーズにきめ細かに対応して提供することができる。

A販売時に「刃付け」してお渡しすることで、切れ味抜群
店舗販売の際には、当店オリジナル商品はもとより、仕入れた既製品も「刃付け」(仕上げの研磨)してからお客様にお渡ししている。このことによって、初めて使用する際の切れ味が他店で購入したものと大きく異なってくる。こうして顧客の固定化(ファンの増加)につながり、また、修理売上の増加にもつながっている。
また、店内では包丁研ぎ体験もできるようになっている。

Bホームページ掲載等により顧客範囲が拡大
こうした強みをつり雑誌や商工会のホームページへ掲載したところ、県外から多くの注文が来るようになった。また、得意分野の農林水産業関係の道具類はもとより、これまで作っていなかった品が特注で入るようになった。例えば、囲炉裏で使う五徳や自在カギ、蝋燭立て、といった生活雑貨などである。

このように、雑誌やインターネットでPRすることによって、顧客範囲(商圏)が拡大し、今では県外からの顧客が 10%を占めるとともに、取扱商品も拡大した。地元農林水産業者の減少や機械化によるニーズの減少で先細りが懸念されるなか、このことは当店にとって将来の方向性を明確化する大きな自信となった。

現在、新町通りは拡幅と個店改装を進めており、当店も近く店舗改装の予定である。ご子息とともに、より良い店舗にするため研究中とのことであり、今後は、店舗改装に合わせて自店専用のホームページを立ち上げ、さらに多くの顧客に対応していく意向である。

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