【北海道発 元気印】土谷特殊農機具製作所 氷エネルギー、冷蔵技術に応用B

いまは、自然エネルギーを使い北海道で年間を通じて作物を収穫できる植物工場システムに力を注ぐ。地域資源を活用した強い農業を目指す。

アイスシェルター技術は、今年2月に環境省が主催したストップ温暖化「一村一品」大作戦全国大会で、全国1394件の応募の中から、審査委員特別賞を受賞。緯度や標高の高い地域で氷冷房を可能にした技術と審査委員から高い評価を受けた。

土谷社長は「自然エネルギーの雪氷技術が注目されているが“氷”をエネルギー源にした冷房技術は北海道だけ」と自信を見せる。「このシステムを地産地消のエネルギーとして世界にアピールしたい」と普及、啓発に努めていく考えだ。

【会社概要】土谷特殊農機具製作所
▽本社=北海道帯広市西21条北1の3の2((電)0155・37・2161)
▽設立=1933年3月
▽資本金=6000万円
▽売上高=28億5600万円(10年3月期)
▽従業員=111人
▽事業内容=酪農機械・器具の製造販売・メンテナンス、農業施設建設など

編集後記
成功する経営者は儲け主義ではなく、顧客の幸福を追求するものなのかと感じた。また、著者が勉強をすごくされていると、本を読んでいて感じました。

明るい店内と驚きの価格で喫茶店のイメージを激変させ、日本最大のコーヒーチェーンとなった「ドトールコーヒー」。16歳で飛び込んだ喫茶業界で、度重なる危機を克服しながら、夢を叶えてきた創業者・鳥羽博道の“150円コーヒーに賭けた人生”とは。若者やビジネス人に元気と勇気を与える起業物語。

ドトールコーヒー「勝つか死ぬか」の創業記

【北海道発 元気印】土谷特殊農機具製作所 氷エネルギー、冷蔵技術に応用A

板金から最先端へ
土谷社長は「シンク・グローバル、アクト・ローカリー」(世界の技術を地域で実践)を経営方針に掲げる。「実績を踏まえてバイオガスプラント、コンピューターによる牛群給飼管理、搾乳ロボットシステム化などの技術開発・導入を進めた」と最先端技術を究めながら、事業の拡大を図ってきた。

アイスシェルター技術もその一つで、73(昭和48)年に研究開発をしていた北大農学部の堂腰純教授と北海道家畜管理研修会で出会ったのがきっかけ。この技術にほれ込み、実用化への開発、実証実験を積み重ねた。88年に北海道愛別町で、米国から導入し断熱性に優れた「高気密折板シーム工法」を採用した施設に第1号を納入した。さらに同施設は昨年大幅に改修を加え、低温高湿度の品質管理による大量保存が可能になったため氷冷貯蔵米の供給体制がほぼ整った。「今年から道の駅でテスト米の販売を始めた」(土谷社長)という。

カーリング施設にも
2007年には帯広市のカーリング施設に、アイスシェルター技術を導入した。スチールケース1000枚(約200トン)の氷をエネルギー源に、「室温は夏でも零度前後を保てた。猛暑で一部の氷は解けたが、電気で冷気を循環させた」(同)。天然冷気と電気を使ったハイブリッド方式で除湿・空調システムを構築できたわけだ。

編集後記
地盤・看板・カバンを引き継ぐ政治家の世襲に、相変わらず批判が多い。ひるがえって経済界を俯瞰すると、「不況時には創業家が実権を握っている会社(=世襲企業)が強い」傾向がある。日本を代表する企業は、どんな生い立ちを持ち、どんな試練をくぐりぬけてきたのか。超有名企業を検証してわかった「何を引き継ぐべきか、いかに引き継ぐべきか?」。超有名51社の生き残る秘訣。

創業家物語

【北海道発 元気印】土谷特殊農機具製作所 氷エネルギー、冷蔵技術に応用 @

冬季オリンピックなどで日本中に感動の渦を巻き起こしたカーリング。北海道帯広市のカーリング施設では、この地域ならではの氷をエネルギー源にした「アイスシェルター技術」が導入されている。氷をはった大量のスチールケースが夏でも気温6度、湿度80%の環境を保つ。

寒さの厳しい帯広市に、本社を構える土谷特殊農機具製作所が、このアイスシェルター技術を構築した。地域特有の寒冷な気候を生かし、水の凍結・融解の潜熱エネルギーで低温高湿度(温度0度、湿度100%)を保持する。ケースに張った水が冬は自然の冷気で凍結し、夏は氷が冷気を発することで低温を保つ。氷に蓄えたエネルギーが源となる。

土谷紀明社長は「水が氷になり、氷が水に戻る自然現象のエネルギーを利用したので半永久的な低温環境が可能になった」と話す。最適な環境を保ち、長期貯蔵米をはじめジャガイモ、タマネギ、ニンジンなどの農作物の食料貯蔵、家屋の除湿冷房といった用途が広がった。

先代の土谷清氏が、札幌で身につけた板金技術で牛乳輸送缶、搾乳バケツなどの牛乳容器の製造・販売を1933(昭和8)年に帯広で創業した。酪農の狭い分野でモノづくりに特化し、創意工夫で時代のニーズに即した商品を開発してきた。しかし、酪農の効率化、農家の規模拡大などに伴いシステム化が急がれ、さらにグローバル化や厳しい競合への対応に追われた。

編集後記
1063人の収入を60日で41%アップさせた
複数のアメリカ大統領、元南アフリカ大統領ネルソン・マンデラ、ダイアナ妃、ジョージ・ソロス、マザー・テレサ、アンドレ・アガシといった数多くの世界的なリーダーたちをコーチしたアンソニー・ロビンズの元で仕事し、世界のトップコーチになった著者が日本人のために書いた画期的な方法。

目標達成する技術

目標に達成するには、感情が必要だと。そのためには適切な質問をすることだそうです。また成功するには、80%が心理面が大事なんだそうです。そういったことを克服するための技術が紹介されています。ただすぐにマスターできるのかというと、少し鍛錬を積まないと、習慣にならないと思うので、意識して身につけていく必要があるかと思います。

本書の特徴は行動にフォーカスが当てられていることである。
まずは、ビジョン・目標を持つこと。
特に、大きなビジョンを持つこと。
これを、1年後の目標、3〜6ヶ月後の目標にブレークダウンする。
ここまでは良くある話し。
自己啓発書でも目標を持つことはよく言われている。
次に、1分も良いから実行する!!
ココがポイント。
1分でも良いからやる。
ただし、これができない人は以下のことを理解しなければならない。
原因は何もしないことが心地良いから。
「心地良い状態は、成長することと反対のこと。」であるということ。
「私達の成功は、居心地の悪さをどれだけ居心地をよくするか」である。
これを決断し、目標を達成しましょう。

売上を20年で100倍にした 株式会社 相馬屋

売上を20年で100倍にした 株式会社 相馬屋

来店客はほとんどない。そんな立地を生かすにはどうすればよいか。選んだ道は、配達で固定客を増やすこと、全国へ向けて販売できる商品づくりをすることだった。総合食料品店の3代目に生まれた経営者は、米穀専門店に特化させ、いまや配達エリアは日本有数の面積を誇るいわき市の半分近くをカバーするまでになった。配達と宅配注文数は1日200件。古代米とミルキークイーンが30%強を占める販売がどうして可能になったのか、その成功の秘訣を聞いた。

(株)相馬屋の姿勢を示す言葉は「チャレンジと先取り」である。千里の道も一里からといわれるが、何代も続く米店でも最初の一歩のままにとどまっている店は多い。その点、佐藤守利社長(44歳)は、他人が手がけていないことに勝機を見いだし、とにかく前進をやめない。

佐藤さんは店を継ごうとは思わずに、学問として仏教を学んだ。その後は、整体指圧師の資格を取得するために勉強している。一見して生真面目そうに見えるが、23歳のときにはギネスブック挑戦のテレビ企画で東京・愛宕山の急な階段を逆立ちで66段下って当時の日本記録を作った。そして腕相撲でも道場に通い、70kg級で日本一を目指した。人とは違うこと、目立つことが好きだったのだろう。

昭和57年(1982年)に実家の総合食料品店に戻った当時、米の販売量は月30俵(1俵60kg)しかなかった。米専門店ではなかったが、米を扱う店としては市内250店中最下位だった。それを年末には100俵、2年目には月200俵、3年目に月300俵と業績を伸ばしていった。

いくら良い店であっても、存在を知ってもらわないことには客が来店しないし、売れない。そこで、様々なサービスを盛り込んだ折込みチラシを作り、1万3000枚まいた。キャッチフレーズも「食べることだってファッションです」とアピールした。昭和62年(1987年)からは米と一緒に野菜を原価で販売するコメコメセールを始めた。このセールは現在も定期的に実施しているが、相馬屋をPRするための効果的な販売促進手段であり続けてきた。

そして、20年後の現在、月3000俵の取扱いになった。店を継いだときからなんと100倍に伸ばしたわけである。

株式会社 相馬屋 福島県いわき市小名浜大原字東田33-1

老舗:山元醸造株式会社 富山県高岡市横田町2丁目6番8号

老舗:山元醸造株式会社 富山県高岡市横田町2丁目6番8号

安永元年(1772年)高岡の横田町にて、こうじの販売を行ったのが始まりです。
高ノ宮の呼称で高岡の人々に親しまれている高岡関野神社。高岡に数ある神社の中でもこの高岡関野神社は別格。古より高岡の町衆たちの心の拠り所として信仰を集めてきました。毎年5月1日に行われる高岡最大の祭礼・高岡御車山(みくるまやま)祭りもこの神社のお祭りです。

そして文政3年(1820)に再建された瑞龍寺山門。今日では国宝の指定を受けていますが、この山門再建は当時の高岡商人たちからの多額の寄進があって成されたことが知られています。関野神社の造営・瑞龍寺山門の再建はともに、文化文政期の高岡商人たちの成長の証しなのです。

富山産の米、大豆で心を込めて仕込んだみそ・醤油が代表的な商品です。
富山の水は全国的に見ても良質であり、また豊富です。
その水で仕込みますので味も良く体にも良い訳です。

こうじを手間ひまかけて丹念に作るということです。そして、社員が皆一致団結して仕事に臨むということです。

老舗:梅林 神奈川県横浜市中区吉田町52

老舗:梅林 神奈川県横浜市中区吉田町52

私共の店は、昭和17年に創業ですが実際には昭和14年に店を構えたようです。
この梅林の生みの親である両親ですが、父は静岡の庄屋の家に生まれ果樹園を営んでおり、母は戸塚の製糸工場の末娘でしたので、商売には全くの素人の二人が静かな果樹園での生活を捨て、横浜という地に人生を賭ける事を決心したそうです。

二人は横浜港と南京町(現中華街)に挟まれた、横浜の中心地の馬車道通りに店を構える事にしました。時は昭和14年、混乱の戦時下での挑戦でした。

二人は四人の子供を育てながらも、店先にはお客様の行列が出来るほどの繁盛店にと懸命に盛り立てていました。

しかし、横浜にも戦争の空襲が絶え間なく続くようになり、あたり一面の焼け野原へと姿を変え、二人の人生を賭けた梅林も全焼を免れる事はできませんでした。#全くの素人から商人へと成長した二人は、梅林への夢を捨てる事ができず、父は元町(現在ポンパードールのある地)に、母は馬車道の程近くにある吉田町に再度、店を構える事にしました。

しかし両方の店を維持する事が出来ず、考えた末に昭和23年、野毛の闇市が隣接し、そして柳が揺れ、ダルマ船が浮かぶ川のほとりの吉田町に商運を賭ける事にしたのです。

横浜は関内駅と桜木町駅の間で暖簾を構えているが、関内というところは関所跡であり、日本の文明開化発祥の中心地であります。関内から港にかけて外国人遺留区で、関内から陸側が内地という区分けになります。

新橋〜横浜間が日本初の鉄道ですが、この横浜駅とは現在の桜木町駅にあたり、桜木町駅と馬車道・元町・官庁街を結ぶところに吉田町があります。#当時は吉田町は大型船が通る大岡川に面しており、その周りには料理屋が軒を連ねていました。弊店もその河岸に面して建てられましたが、現在、川は埋め立てられ、地下に高速道路、地上は新横浜通りと呼ばれています。

横浜というと、中華のイメージが強いですがこの辺りは、うなぎの「わかな」や、とんかつの「かつれつ庵」等、横浜を代表する和食の正統派の老舗が多くあるところでもあります。

月替わりの季節コース(13品,7000円)が主な料理で、夏〜秋季は天然うなぎ・冬季は天然とらふぐのコースも人気があります。また、活うなぎ(主に三河産)の蒲焼と牛蒡の旨煮を50年モノの、タレで和えたもち米に挟み枯朴葉で包んだ「うなぎの朴葉蒸し」は弊店の名物料理であり、百貨店販売/通販を行い、実用新案登録をしています。

また、最近では「旬の笹飯」(春:桜鯛 夏:鮎 秋:松茸 冬:ふぐ)も弊店独自のお土産品として人気があります。創業以来、店主が毎朝必ず東京の築地市場で魚の仕入れを行い、その日の最も良質な素材(できる限り国産の天然物また、産地は特別固執はしない)を品定めし、仕入れることにしています。 料理自体は見た目の華やかさではなく、四季の素材をシンプルに且つ最も美味しく引き立たせるということに重点を置きながらも、脇役へのこだわりも大切にしています。

例えば、冬の鍋のポン酢をつくる”だいだい”は、毎年秋に見た目にも青く、まだ酸味の強いだいだいを収穫し、搾汁した自家製を使用しています。また、「からすみ」など加工品として出回っている物を自家製産し、出来合いの物を使わない事で料理屋本来の、”当たり前の事”を当たり前に行う事を大切にしています。

「一輪の梅は大地に春を呼び、ひとつの料理は心に春をつくる」梅は百花の中でももっとも早く花を咲かせ、春を呼ぶ花と称されます。そうした梅の花のように、心を春の様にあたたかくする料理をつくりだす、という事が弊店の料理の軸になっており、店名「梅林」の意味でもあります。

日々常にこれを実現するという事が店を構えて行く上での目標であり、存在意義だと考えております。お座敷は個室となっておりますが、かしこまった雰囲気は排し、どこか懐かしい居心地の良さの中で食を楽しんで頂けるよう心がけております。

他には、現在百貨店での販売を手がけ出した事で製造量も増えておりますが、そうした状況でも、全ての作業は本店の板場にて、今までと同じように作り、それ以上の量は作らないという事にしております。

老舗:賀茂とうふ近喜 京都府京都市下京区西木屋町通四条下る船頭町202

老舗:賀茂とうふ近喜 京都府京都市下京区西木屋町通四条下る船頭町202

天保五年(1834年)、近江よりここ京都へ還り、豆腐づくりを始めたのが創業者「近江屋 喜八」でございます。その名をとって「近喜」(きんき)と呼ばれるようになり、以来百六十余年、お豆腐好きのお客様方に愛され続けて参りました。六代目となりました今も、さらに美味しいお豆腐をつくるため研究を重ね、努力続けております。
京都は四季を存分に感じ、日本の文化に触れることのできる場所です。また、有名な祇園祭は、日本の三大祭りの一つで、千百年の伝統を有する八坂神社の祭礼です。
祇園祭は、7月1日の「吉符入り」にはじまり、31日の「疫神社夏越祓」で幕を閉じるまで、1ヶ月の間、各種の神事・行事がくり広げられます。

●お豆腐
人気の「おぼろ豆腐」をはじめ、昔ながらの「木綿豆腐」や「絹ごし豆腐」。また青大豆を使った「青碧(あお)豆腐」、黒胡麻を練り込んだ「みかげ豆腐」季節限定の「しそ豆腐」「柚子豆腐」など様々なお豆腐を取り揃えております。

●揚物類
地方からのお客様がその多さに驚かれることの多い「京揚げ」をはじめ、「いなり揚げ」や「厚揚げ」、銀杏、百合根、木耳(きくらげ)等、具がたくさん入った「飛龍頭」などをご用意いたしております。

●その他
近喜の新しい商品「巻湯葉」「つまみ湯葉」が店頭に並びました。商品の品質を考慮し、お届けは、11月〜3月末(気候条件の変化により多少前後します)のみとさせて頂いております。
また、お豆腐の味を演出する、豆腐のつゆ(特製)などもご用意いたしております。

近喜はこれまでの方針を変えることなく、選りすぐった国内産大豆100%で製造し、小さなお子様からお年寄りまで一人でも多くのお客様に、美味しくて安心していただけるものを作り続けていく所存でございます。 これからも自然環境に配慮し、京の食文化の伝統を継承しつつ常に新しいものに挑戦し続けていく党悟でございます。

老舗:町村農場 北海道江別市篠津183番地

老舗:町村農場 北海道江別市篠津183番地

創業者は、明治39年から10年におよぶアメリカでの酪農実習留学を経て、大正6年北海道にて牧場を創業。創業者の父は、札幌農学校2期生で新渡戸稲造や内村鑑三と同期でもあり、近代酪農の基礎を学びました。牛乳改良一筋の経営の中で、アメリカ実習の経験から、バター・アイスクリームの加工技術を身につけ経営の一助としました。
牧場には160haの飼料用畑があり、牛の食べる牧草類は全て自分達で作っています。牛は健康に育つように、栄養計算されたエサを食べながら毎日ゆったりと暮らしています。

店舗販売のみの商品は無く、出荷数は限られますが百貨店や一部量販店(道内)に卸しています。特別な技術、手法は一切用いておりません。牧場で私達が育てている牛から搾った牛乳を、丁寧に扱いながら商品を作っていきます。

●町村特製新鮮純良バター(225g)
バターは牧場の歴史とともにある製品で、牧場産の新鮮な牛乳から分離したての生クリームをすぐに加工しています。他との違いを実感できる味です。

●特製のむヨーグルト(140ml)
牛乳をたっぷり使用した、コクのあるのむヨーグルトです。クリーミーな仕上がりは、従来ののむヨーグルトの イメージを一新しました。 全国に多くのファンがいらっしゃいます。

私達が産み出す商品「牛乳・乳製品」は多くの人に食べていただいて、初めて喜びを分かち合え、価値も高まると考えています。価格の融通はあまりききませんが、多くの方に知っていただく努力は大切です。「安全・安心」が巷に溢れかえる中、それは当然の事として殊更に強調はいたしません。やはり、味で選んでいただける事が私達の願いです。

老舗:四十萬谷本舗 石川県金沢市弥生1丁目17番地28号

老舗:四十萬谷本舗 石川県金沢市弥生1丁目17番地28号

創業明治8年、四十萬谷 興右衛門はこの清らかで豊富な泉の地で、当初は現在の基礎となった味噌、醤油などの醗酵食品を手がける。四十萬谷本舗を創業し、時代の流れと共に金沢の家々に伝わる味と手技を手本として「かぶら寿し」を始め、「金城漬」など、素材にこだわり、古くから受け継がれた製法で漬けこむお漬物を作ってまいりました。

極上のかぶらを作るには、天候や気温が大きく関わる事もあり収穫時期などは契約農家の方々、プロの目で決めています。

冬季限定「金城かぶら寿し」金沢近郊や野との澄み切った山里で育った青かぶらに、脂ののった日本海の寒鰤の切り身を挟み込み、当店秘伝の技を使い、麹でゆっくりと漬け込んだもの。 江戸時代に冬のご馳走としてとして生まれた「かぶら寿し」は熟成を要する伝統的な食べ物で、金沢の冬の特別な味覚であり、上品な味わいが特徴です。

加賀の麹味噌漬「金城漬」加賀藩特有の麹味噌に加賀菊酒の酒粕を用い、じっくりと半年以上の歳月をかけて漬け込む当店秘伝の「金城漬」。だいこん、なす、きゅうり、ごぼう、みょうが、わらびの七種類の野菜を贅沢に漬け込み、風味豊かな味わいとなっています。

四季折々の一夜漬、浅漬 季節ごとの旬の素材を吟味・厳選し、さっぱりとシンプルな味付けで漬けたもの。豊富なバリエーションがお楽しみいただけます。ほかに金沢伝統の味覚「ごりの佃煮」や「くるみ煮」、「ふぐの麹煮」なども当舗独自の味わいでお届けしています。

私どもの方針として、業界ナンバーワンではなくオンリーワンを目指しています。かぶら寿しに使う糀は冬の寒い時期が一番美味しいので冬季限定で販売しております。これからも「金沢の漬物屋」として独自の素材選びと秘伝の技をさらに磨き、いにしえの食と味覚を伝えつづけて行きたいと存じております。

老舗:丸福珈琲店 大阪府大阪市中央区千日前1-9-1

老舗:丸福珈琲店 大阪府大阪市中央区千日前1-9-1

創業、昭和9年。1粒の豆にこだわり、焙煎技術、抽出器具や抽出法もすべて丸福独自のものをがんこに守り続けています。大阪ミナミの千日前ということもあり、昔から多くの芸人や文化人に愛されて田辺聖子氏の小説の舞台として描かれたり、御皇室の御用達として御召し上がり頂く栄誉も頂戴いたしております。

千日前を代表するものはなんと言っても「千日前道具屋筋商店街」がその一つでしょう。大阪の商売人ならではのアイデア商品などが、たくさん並んでます。

レギュラーコーヒーをはじめ、コーヒーゼリーやケーキ、カフェオレなどの飲料も百貨店を中心にコンビニでも、お取り扱っていただいておりますが、当社のビン詰コーヒーは製造上生産が限られており、丸福通のお客様から最も人気のある商品です。

レトロなビン詰は大変印象的な商品と言えるでしょう。まず焙煎は、決してオートメーション化せず"豆の声を聴きながら"職人の技で仕上げて行きます。 また、抽出は丸福独自の器具を使用し、抽出自体も修行の必要なもので、誰もが出来るものではありません。昭和9年創業以来、守り続けて来た濃

セルフサービスのカフェが広まる中、昔ながらのフルサービス、そして創業以来の濃厚な味と香りを大切にして行きたいと考えています。レトロな店内でふと懐かしさを感じ、じっくりと味わっていただける店づくり。 また、そのこだわりをできるだけ商品にも反映させて、ご家庭でも喜んでいただけるように努力しています。

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