次々と支店を開設してまたたく間に倒産した且O浦組

私から見ますと悲惨な倒産が発生したように思えるもの起こりました。東京都台東区で解体工事業を行っていた且O浦組の倒産です。

平成13年に創業した且O浦組は解体工事を行う業者ですが、近年問題になったアスベストの除去やダイオキシンの除去に優秀な技術を持っていて、比較的安定した受注があり、平成19年には20億円以上の売上がありました。

アスベストやダイオキシンの除去に強みを持っているので、全国展開すればさらに売上を増やすことが出来ると考えたのでしょうね。関東近県に支店を設置しこちらも順調に経緯していました。

そこで、関東以外の宮城、福岡・沖縄にも支店を設置したのです。もちろん多くが借入金によっての支店の設置あったようです。

ところが、2008年秋からの景気の悪化によって、建設業界が不況に陥り2008年の売上は10億円にまで激減したのです。且O浦組では急遽リストラ策として人員の削減や支店の閉鎖を行いましたが、金融機関からの借入が多すぎたために倒産してしまったのです。

負債総額は5億7,000万円と報道されています。少し調子が良くなると、もっと売上を増やそう、利益を増やそうとするのは「男の性」かもしれませんが、やはり経営は継続させることが一番大切なのではあにでしょうか。

不況型で土木業の倒産が顕著な西多摩地区の建設業倒産状況

東京都多摩地区での2009年の倒産状況が報告されています。

帝国データバンク東京西支店のニュースでは、東京都多摩地区で2009年に366件の倒産がありましたが、そのうち107件が建設業だったとのことです。

特に土木工事や土木コンクリート工事を主たる業種としてる企業は、官公庁の発注工事が激減したことによる経営悪化によって倒産したものと考えられています。土木工事や土木コンクリート工事の倒産は12件でした。

建設業で残りの95件は官公庁の工事も行っていたでしょうが、民間工事や大手建設業者の下請け企業として、型枠・鉄筋・鉄骨の本体工事関する会社や、電気・空調・水道などの設備に関する工事を行っていたものや建築材料の販売を行っていた会社ではないかと思われます。

純粋な総合建設業者から始まって、下請会社やマンション販売を行う業者などを含めると非常に裾野の広い業界ですから、大きな建設業者が悪化するとその影響はかなり広がってしまうのですね。

特に不況型の倒産が8割と報告されていますが、今までの建設業のやり方ではダメになってきていることが表面化しているのではないでしょう。新しい事業展開を考える時期になっていることを示唆していると思われますね。

内部留保という勘定科目がなかった八戸設備の倒産

官公庁が発注する公共工事の激減と景気の悪化による建設業界の不況によって倒産したニュースが入ってきました。

青森県八戸市で1957年(昭和32年)に創業した水道、空調、ガス配管などの施工を行っていた八戸設備の倒産です。自己破産を予定しているようですが、本当に気の毒に思いますね。負債総額は3億円といわれていますが、何か倒産を回避する方法や手段はなかったのから思われてなりません。

八戸設備では、堅実な経営を行い地元の建設会社を中心にして、水道、空調、ガス配管の施工を行っていて、1997年には8億円を超す売上があったのですね。

しかし、公共工事が減った上に、民間工事も減少して2009年には4億円の売上にまで落ち込んでいたようです。八戸設備の売上は報道されますが、経費や純利益が把握できていませんので、予測ですが、薄利ではなかったかと思われますね。

理想的な損益分岐点は、売上が半分になても経営を維持できる数値にあります。また、経費の勘定科目に内部留保という科目がなかったのではないでしょうか。

八戸設備の倒産を参考にされて、今すぐにでも内部留保という勘定科目を作ってください。内部留保の金額の目安は経費の25%とされています。

下請けから抜け出すことが出来なかった鞄穴C陶業の倒産

建設業の倒産が続々と起こっていますが、今回も建設業の倒産です。東京都大田区でタイル・レンガ工事を行っていた鞄穴C陶業が倒産しました。破産が決定しています。負債総額は5億6,000万円です。

平成3年に設立された鞄穴C陶業は、ゼネコンの下請けとしてタイル・レンガ工事を行っていて、平成7年には3億円の売上がありました。

何があったのか調査中ですが、翌年の平成8年には売上が1億5,000万円にまで落ち込んでしまったのです。

現在起こっている公共工事の減少や、景気の悪化による建設業の不況とは関係のないところで鞄穴C陶業の経営が悪化していったようですね。

売上が3分の1にまで減少しても頑張って事業を継続していましたが、最も得意先であった建設会社が倒産したために、得意先の債務を抱えることになってしまったのです。

結局、資金繰りが悪化して、鞄穴C陶業行った事業拠点の移動などのリストラ策も効果をあげることなく破産となったものです。

下請けという観点からものごとを見ていると、いつまでたっても抜け出すことの出来ない壁があるように思われますね。小売業であってもお客さんの下請けという考えでなく、商品・サービスに付加価値を付けてお届けするという新しい展開を模索する必要がありそうですね。

社寺仏閣建築が得意で元プロ野球選手が社長をしていた内山建設鰍フ倒産

佐賀県三養基郡基山町で社寺仏閣建築を得意に総合建設業を行っていた内山建設鰍ェ倒産しました。破産を予定しています。負債総額は10億3,600万円です。

内山建設鰍ヘ明治31年の創業で地元では屈指の建設業者でした。また内山建設鰍フ現社長は元プロ野球選手で、地元では有名な企業でしたね。

しかし、平成10年に26億円の売上をあげて以降は売上が伸びず、平成21年には半分の売上になる13億円になっていました。

その間には、高額の小切手が市中に出回り信用不安が起こっていましたし、平成22年1月には一部の支払いに遅延が生じて、いつ倒産してもおかしくない状態にまで追い込まれていました。

借入金に依存していた内山建設鰍ナは不動産の売却も行いましたが、不動産価格が取得したときよりも下落していたために、売却損が発生するなど、次第に債務超過の状態に陥っていたのです。

結果論ですが、経営が悪化したときにもう少し違った手を打っていれば、ここまでの負債にはならなかったと思われますね。

融通手形は当然ですが、小切手や手形を使うことのないような経営にすることを教えてくれた内山建設鰍フ倒産ではないでしょうか。

民事再生の申請から2年で自己破産した椛蜥リ敏秀商店

長崎県長崎市で生コン・コンクリ二次製品を行っていて、2008年7月に民事再生の申請をしていた椛蜥リ敏秀商店が自己破産しました。

椛蜥リ敏秀商店は、昭和2年に創業した老舗の 生コン製造販売でした。平成12年には最高売上になる46億円の計上していました。

しかし、。その後は建設業界の不況もあって売上は次第に減少し、平成19年には16億円にまで落ち込んでいました。リストラや不動産の売却を行っていましたが、設備投資による借入金の返済に困窮して2008年7月に倒産し、民事再生を行っていました。

その後も建設業界の景気回復が見込めず、金融機関からも見放されて自己破産を選んだものです。

生コン製造販売の関連会社である椛″站サ産と竃枕L運輸も自己破産の予定です。

建設業界の不況は、国の政策が変わって公共事業の減少が言われていますが、これは事実でしょうね。しかし、物には時代の流れがあるのです。いつまでも国が悪いと言っていないで、新しい展開を模索してください。

たとえば、ブラウン管のテレビ関係の製品を作っていた企業、フィルムカメラに関連した事業を行っていた企業も世の中には沢山あるのですから。

経営が順調なときに支店を設置して倒産に追い込まれた潟Gム・イー

埼玉県吉川市で電気設備工事を行っていた潟Gム・イーが倒産しました。潟Gム・イーは平成10年に設立し、飲食店の店舗を中心に堅実な経営を行っていました。

業容を拡大しようとして、平成19年ごろからは名古屋、福岡そして長崎へと支店を設置するとともに、電気設備関連の商品販売にも力を入れていました。平成20年には8億円を超す売上を計上して、いかにも順風満帆かに思えたのです。

ところが、景気の悪化とともに建築業界が不況となり、飲食店の工事も減少する中で、グループ会社であった潟}ルヒデ(東京都足立区、運送業)が倒産したことにより、不良債権を抱えることとなったのです。

経営が順調なときの設備投資が結局は倒産への引き金となってしまったのです。景気が悪い今、積極的な投資をする人は少ないでしょうが、少しだけでも景気が良くなると、「もっと、売上を伸ばしたい、もっと利益を増やしたい。」などと考えてしまうのが人間の性のように思えます。

この不況が当たり前だと思って、少しだけ調子が良くなったときの教科書だと思って経営されることを望みますね。負債総額は5億円とのことですが、調査が進むとさらに負債金額が増えることが予想されています。

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