「丹波篠山ブランド」の確立を図り、街をPR 兵庫県篠山市 篠山市内15商店街等

「ささやま工房 風花」の整備により、商店街の回遊性強化。カタログ等を通して、「丹波篠山ブランド」の確立を図り、街を全国的にPR。

篠山市は兵庫県中東部に位置し、篠山町・西紀町・丹南町・今田町の4町が合併した人口5万人弱の市である。株式会社まちづくり篠山は篠山市の中心市街地の活性化を図るため、平成14年11月に設立された3セクのTMOである。

篠山は戦前より丹波地域の中核都市として、周辺町村からも買物客を集め、丹波最大の商店街として隆盛を誇っていた。しかし、モータリゼーションの進展や大型店の郊外出店等により、徐々にその地位が低下し、空き店舗が増加してきた。そのため、商業者の有志が「自分たちで何とかしなければならない」と立ち上がり、平成3年6月に「篠山町商業振興協同組合」を結成した。同組合では空き店舗の斡旋や「大正ロマン館」の運営などを手がけ、閉鎖が検討されていた市営の宿泊施設「ささやま荘」をリニューアルオープンさせた。そして運営管理はすでに設立されていた有限会社クリエイトささやまに委ねた。組合のメンバーが中心となり平成14年に3セクのTMO「株式会社まちづくり篠山」が設立された。

近年、PR効果もあり、篠山の観光資源を求めて篠山城趾やささやま荘に徐々に観光客が増え始めている。篠山城趾と地場産品館がある観光バスの駐車場を結ぶ街路に観光客が多く通行するようになり、商店街の東側店舗では日用品店から観光客目当ての土産店に変わった店も多い。一方、観光客の動線からはずれる西側は、人通りが少なく空き店舗も目立ち閑散としている。このため、商店街西側に集客施設を整備して回遊性を強化し、人の流れを作る必要性に迫られていた。

また、株式会社まちづくり篠山では丹波篠山の特産品を全国的にPRすることによって、特産品の販売強化を図るとともに、篠山市の名を広め、遠方からの観光客を呼び寄せたいとのねらいがあった。平成15年度に独自の費用でカタログ作成を行ったが、その反応は期待以上に大きかった。

「ささやま工房 風花」によって、観光客のみならず30歳から50歳代中心に多数の地元客の集客があり、二階町をメインとする横軸の流れが増加し、動線強化対策の足がかりとなった。

また、カタログ販売事業では、平成15年に株式会社まちづくり篠山の自費でカタログ作成したときと比べ、大幅に顧客への配布部数を拡大する事ができ、全国的に丹波篠山ブランド(黒豆、猪肉 等)をPRすることができ、本市への集客効果が図られている。

商業者が起業した新たなコミュニティビジネス 静岡県新居町 新居町内商店会

地元商業者が共同で葬祭サービス事業を組織運営。地元の慣習に熟知したきめ細かいサービスが高い評価。

静岡県新居町は浜名湖沿岸に位置し、うなぎやしらすといったおいしい食べ物や、新居の「関所跡」等の観光施設で全国的に有名である。

東は浜松市、西は湖西市に隣接しており、地域住民の買い物は、両市への流出傾向にある。

特に近年は、浜松市西部地区等に相次ぐ郊外型ショッピングセンターの出店や、ライフスタイルの変化への対応不足等によって、地域の商業事情は衰退の一途をたどっていた。そんな状況を危惧した商工会商業部会のメンバーが声をかけ、当組合の前身である任意グループを平成8年9月に結成し、月2回の勉強会をはじめた。景気に左右されない事業は何かと考えた末、葬祭事業を共同で行うという結論に達した。もともと、新居町の葬儀は亡くなった方の家が各商店に頼みながら、自分達で行ってきた。しかし、大手葬祭業社の進出によって葬儀の仕事がなくなったという経緯があるので、葬祭業に関する事業組合を立ち上げるには抵抗感はなく、勉強会をはじめて1年、平成9年10月に酒屋・食料品店・菓子店・仕出し店・贈答品店及び寿司店等計33店で「あらい商工葬祭協同組合」を設立した。

設立の際には、出資金として各個店20万円を出し合い、行政からの補助金等は一切受けずに自分たちの力だけで立ち上げると決意し、投資はせず祭壇や霊柩車、葬儀ホールなどは町の施設を借用するかたちでスタートした。

「自分たちが本気になってがんばるためには、他人からの保護を受けながらではだめである。保護を受ければ、かならず甘えが生まれるからだ」という姿勢は決して崩していない。とはいっても、自分たちの生活を抱えて事業に挑戦するため、失敗したときに立ち直れないほどの損失を出すわけにもいかない。そこで、できる限り投資はしないことを前提とした。このため、借りられるものは借りる、利用できるものは利用する、自分たちでできることは自分たちでやると、損失を最小限に防ぐための工夫を実践している。

ユニバーサルデザインの街づくり 福島県郡山市 郡山市中央商店街

商店街の道路高質化と併せたイベント事業の継続的な実施による商店街活性化。

中町地区は、旧奥州街道沿いに栄えた宿場町「郡山町」の中央に位置し、また、JR郡山駅から徒歩5分という好条件から、周辺市町村からも多くの人が買い物に訪れるなど、古くから地域一番の繁華街として栄えた地区である。

この中町地区の賑わいを作り上げてきたのが、「郡山市中央商店街」であり、最先端のモノや文化、情報があふれる、まさに福島県内随一の商店街である。

しかしながら、かつて、多くの人出で賑わっていた当商店街も、空き店舗の発生や来街者の減少など、全国的に問題となっている中心市街地の空洞化が顕在化し始めた。

このような状況を打破するため、会員一同が一念発起し、「エレガントでダンディーな街」をコンセプトに、世代を超えて楽しめるユニバーサルデザインの街づくりを目指し、「道路高質化事業」をはじめ、様々なイベントを継続的に実施するなど、商店街の活性化に取り組んでいる。

(1)道路高質化事業(平成15年度実施)
・概要
場所:県道須賀川―二本松線
幅員:12メートル 延長:305メートル
歩道(1,824平方メートル)を高質化(御影石を使用)するとともに車道との段差を無くし、景観に配慮したボラードは収納式や取り外し式とした。女性をイメージしたデザインの街路灯には催事用電源や放送設備を付属することによって、イベント等の使用にも対応できるものとした。

また、当地区の歴史的価値やその顕彰を後世に残すため、地域にゆかりのあるモニュメントを配し、歴史や文化などを感じながらより多くの市民が楽しめる空間「なかまち夢通り」として完成した。

(2)イベント事業の継続的な実施
年間を通じ「なかまち夢通りストリートカーニバル」として各種イベントを実施している。

・ビール祭りinなかまち夢通り:野外でビールを飲みながら大型ビジョンでの野球観戦。(7月)

・うねめ福祉バザール:商店街各店や露天商による路上での販売。出店料の一部を福祉団体に寄付。(8月)

・花市:市内農家による切花販売と併せ、商店街各店のワゴンセール及びフリーマーケットの実施。(8月)

・ウィンターフェスティバル:ミュージシャンによる野外ライブやFM放送の中継、地元農産物やそばの打ち立ての販売等。(11月)

・オープンカフェ(7月から11月の土日約30日)

・冬のイルミネーションページェント(12月)等

(3)「まちづくり憲章」の制定
街の文化や景観などを守っていくために、「まちづくり憲章」及び「同細則」を制定し、建物の新築・増改築に関する事項、道路管理に関する事項、さらには商店街における禁止行為等を定め、商店街としての方向性を定めている。

環境配慮にこだわった運営と若手起業家育成 青森県八戸市 八戸屋台村「みろく横丁」

若手起業家育成のチャレンジショップ的要素を持つとともに、日本初のリサイクルシステムを取り入れた地域循環型屋台村として地域活性化に貢献。

八戸市は、青森県の南東部に位置する人口約25万人の都市である。市の中心市街地は古くから八戸藩の城下町として、行政や金融、商業等の様々な機能の集積により、長年にわたり多くの市民が集うコミュニティの拠点であると同時に「八戸の顔」として発展してきた。

しかし、近年のモータリゼーションの進展、消費者ニーズの多様化、大型商業施設の郊外進出や公共施設の移転などを背景に中心市街地の空洞化と商業機能の低下がみられ、その活力が失われつつある。

市では、平成12年3月に中心市街地活性化基本計画を策定し、商工会議所や商業者等と連携しながら中心市街地活性化に向けた対策を講じてきたが、同時に、民間の動きも活発で、平成14年12月の東北新幹線八戸駅開業に合わせ、新幹線実行委員会の関係者により設立された「有限会社北のグルメ都市」によって八戸屋台村「みろく横丁」が開設された。

八戸屋台村「みろく横丁」は、中心市街地に位置する三日町と六日町を貫き、歩行者専用通路を作ったことからその名がつけられた。厳しい審査を勝ち抜いた25店舗が軒を連ね、全国に誇る八戸の食材を用いた郷土料理を提供し、市民や観光客で連日賑わいをみせており、首都圏から訪れる観光客を呼び込む目玉として、中心市街地活性化に大きく貢献している。

また、発生する生ゴミを肥料にリサイクルするなど日本初のリサイクルシステムを構築し環境への配慮に取り組むとともに、各出店者が屋台村出店を一つのステップとして、中心市街地の空き店舗等への出店も期待されるなど、空き店舗対策やチャレンジショップ的意味合いも兼ねるなど、様々な要素を持ち合わせ、地域活性化につながっている。

個性的な町並みと飲食店の既存資源を活用 北海道函館市 函館西部地区バル街

伝統ある函館の西部地区をスペインの「バル街」に見立てて「飲み」・「歩き」を徹底的に楽しもうというユニークなコンセプトを設定。

平成16年2月16、17日に開催された「2004スペイン料理フォーラムin HAKODATE」のイベントの一つとして、「西部地区で一晩のバル街を」と名づけた飲み歩きの催しが行われた。スペインの飲食文化を代表する「バル街」を函館の西部地区に再現し、世界的なブームになっているピンチョスをつまみにお店をハシゴして歩くという企画は、西部地区の25店の飲食店の協力で行われ、400人を超す内外の参加者により大盛況で終了した。

この「バル街」終了直後から再度の実施を希望する声が多く寄せられたため、「フォーラム」実行委員会が再度集まり、「函館西部地区バル街実行委員会」を組織し、第2回以降を単独イベントとして実施することとなった。

「バル街」
函館の旧市街である西部地区の個性的な町並みと飲食店という既存資源を活用し、新たなイベントを創出する。

・ 一冊3,000円(600円の券が5枚つづり)を前売りチケットとして販売し、参加者はこれを購入することで当該イベントへ参加する。

・ 参加者はチケットとともに渡されるバル街マップを基に、店を選択する。

・ 参加店は、チケット半券1枚で、ドリンク1杯と各店が趣向を凝らしたピンチョス(スペインのバルで出される、ひと口かふた口で食べられるおつまみのこと)を提供する。

・ 半券は1店で1枚限りの使用が原則であり、チケット1冊で5店のはしごをすることができる。

・ イベントにかかる経費はチケット収入の一部で賄い、行政等の補助金には依存しない持続可能な仕組みづくりを指向するとともに、参加者、参加店舗それぞれにメリットが生まれるシステムを構築。

商店街が市民参加の「イベント会場」 長崎県佐世保市 佐世保市内2商店街 

1口1,000円でイルミネーションの提供者を市民から募るなど、イベントの主役を「市民」とすることにより商店街と市民の一体感の醸成。

長崎県北部に位置する佐世保市は、烏帽子岳、将冠岳を主峰とする2山系に挟まれているという地形的な特徴により、市中心部に商店街、公共施設、病院等が高密度で集積するコンパクトシティの様相を呈している。中でも四ヶ町、三ヶ町商店街は、日本一長いといわれる全長約1キロメートルの直線アーケード「さるくシティ403」に位置し、県北地域における中心商店街の役割を果たしてきた。

しかしながら、基幹産業であった造船業の不振や大型商業施設の郊外展開等により商業環境が厳しくなる中、中心市街地の空洞化を危惧した若手経営者が中心となって、にぎわいの創出を目指した取組みを進めることとなった。

その背景には、商店街には「若者」、「馬鹿者」、「よそ者」が必要であるとの考えのもと、商業者や市民、行政との連携を進め、まちづくりをリードする商店街リーダーの存在が指摘できる。

市民参加型イベント「きらきらフェスティバル」、「きらきら大パーティ」
たとえ売上に結びつかなくても、まちは人が集まり、交流し、感動と楽しさを感じる場であるべきとの想いから、平成8年度より「きらきらフェスティバル」が実施されている。

街内に飾られる100万個のイルミネーションの購入費は市民による1口1,000円の募金で賄われている。

アーケードを開放し、1人千円の参加費で持ち込み自由という「きらきら大パーティ」には約5,000人の参加があるなど、ユニークな市民参加型のイベントが実施されている。

イベント期間中はコンサートや仮装大会など多数のイベントが開催されるほか、まちなかでの結婚式「きらきらウェディング」が実施されるなど、住民から強い支持を得ている。

YOSAKOIさせぼ祭り
商業者等が企画運営に参加している「YOSAKOIさせぼ祭り」は、市内13会場を舞台に20万人を集める規模で、地元住民をはじめ遠くは韓国からの参加者もあるなど、市内最大のイベントとして成長した。

企画運営する若手経営者達は連日、朝7時からの会議を重ねるなど、非常に精力的に関わっている。

地権者を巻き込んだ空き店舗対策
商店街では、テナント賃料を適正水準に引き下げるよう地権者に働きかけたこともあるなど、街内には空き店舗はほとんど見かけられない状況となっている。

道路空間を活用した情報発信事業を実施 愛媛県松山市 松山中央商店街

商店街のアーケード内の道路空間(公共空間)を活用した大型映像装置により情報発信事業を実施することで、財政基盤の確保を図り、まちづくりに還元。

松山中央商店街は銀天街・大街道の4商店街で構成される。平成14年度から16年度に大手百貨店OBを商店街マネージャーとして活用した商店街マネジメント対策事業により、商店街が1つの事業体となってまちづくりに取り組む基盤が確立されてきた。

これをきっかけとして「自分たちのまちは、自分たちでつくる」を合言葉にまちづくり会社「株式会社まちづくり松山」が平成17年7月1日に設立された。

同会社は、中心市街地の商業等活性化重点区域における活性化事業の実施主体として、積極的に地域のまちづくりに取り組むことで、同区域の活性化を図ることを目的とし、収益事業の実施による自立的経営を目指し、様々な公益事業等に責任をもって取り組んでいく事業者(組織)である。

また、株式会社ではあるが、収益事業で得た利益について、株主への利益の分配は行なわず、自主的なまちづくりの経費に充当することで補助金に頼らない、自立したまちづくり事業を展開している。

道路空間活用まちづくりモデル構築事業
松山中央商店街の大街道入口前の地元銀行支店壁面に、大型映像装置1基とアーケード内全域にプラズマディスプレイ等23基を新たに設置。坊っちゃん広場前の銀天街入口に既に設置され活用中の大型映像装置「ギャラクシービジョン」を合わせた同商店街内における情報受発信システムを構築、一元化を図る。

アーケード内の道路空間に設置したシステムを利用し、各種情報や企業広告等の情報発信を行いながら、財政基盤の確保を図るとともに、中心市街地の環境整備やイベント事業等のまちづくりに還元し、中心市街地活性化に寄与する。

また、同システムにて商店街・個店情報の定期発信と市民からの情報を受信することで消費者への来街動機の発掘を行い、商店街の賑わいを再生する。

同事業の採択とまちづくり会社「株式会社まちづくり松山」設立を契機とし、アーケード内の道路空間(市道)を活用した広告収益事業を実施するため、商店街マネジメント対策事業で構築した道路空間活用のルール等をベースに市の関係各課と「株式会社まちづくり松山」が、イベントや商品陳列等にかかる道路管理の協定と、アーケードに懸架する屋外広告物に関する協定を締結し、同事業の実施を実現した。

きらりと光る商店がまちの魅力を高める 大阪府豊中市 豊中市内5商店街等

個店にスポットライトをあて、「あきんDOクラブ」での取組を通し、商業者を育成・支援。きらりと光る個店の魅力を集め、商業集積全体の活性化へ。

阪急宝塚線豊中駅周辺は従来より金融・商業の中核ゾーンとして繁栄してきたものの、車によるアクセスの不便さや郊外大型店の出店等により、徐々にその地位を低下させてきた。そのため、駅前商店街の衰退に危機感を抱いた商業者有志が始めた勉強会から活動がスタートし、平成4年に行政の支援を得て、地域住民と一体となってまちづくり活動を推進する「豊中駅前まちづくり協議会」(平成14年に「まちづくり推進協議会」に改名)が発足した。その後、「まちづくり構想」を具体的に進める事業主体として、上記メンバーを中心として平成11年に「豊中駅前まちづくり有限会社」を設立した。ハード整備やイベント等による活性化策だけでなく、個店が元気にならなければ、まちの活性化には繋がらないとの考えから、個店の活性化に注力するようになった。商店街等を構成する個々の店そのものにスポットライトを当て、それらのきらりと光る個店の魅力の集合体として商業集積全体の活性化を図っていこうとする考え方が必要になってきた。

このような考えから、平成13年度に「繁盛店づくりサポート事業」を開始した。この事業では個店にアドバイザーを派遣し、経営改善等の指導を行ったが、専門家などの支援者と商店主のやりとりの支援の現場での相談やアドバイスなどが商店主間でフィードバックできれば、なお効果的である。そのようなことから、経営改善を目指す商店主が集まって情報交換・交流する必要性を改めて感じた。また、個店支援の初期の段階では「経営の課題整理」といった側面が強かったが、課題解決に向けた具体的な作業までを視野に入れ、品揃えの見直し等、個々のお店の抱える具体的な問題に対応するとともに、新たな商品の開発・発掘の支援として、「逸品づくりチャレンジ事業」(平成15年)に取り組んだ。これらの事業の集大成を図り、これまでの個店の経営改善支援を拡充したのが平成16年より実施した「あきんDoクラブ」である。

一方で、この「繁盛店づくりサポート事業」には、これまで商店街の共同販促事業にも積極的でなかった若手商店主や後継者が参加しており、自店の経営改善を検討する過程で「商店街への集客アップがなければ、個店の経営改善だけでは難しい」と、自分の商業団体の事業への問題意識も芽生え始めた。こうして、商店街の次代のリーダーを養成するための講座「新・商人大学」を平成15年に開催した。

ほんまもんの商店街の繁盛店づくり 大阪府大阪市 天神橋三丁目商店街

個店経営者、後継者に対し、店舗レイアウト・店舗運営計画・店舗ディスプレイなど、繁盛店の創造計画を実務を交えて指導し、若手人材を育成。

天神橋三丁目商店街振興組合は、常に街再生の視点から商店街の復興を目指してきた。その甲斐あって、いまでは空き店舗もなく、賑わいを見せている現状である。

しかしながら、商店街の集客が必ずしも既存の各個店を潤すものでもなく、経済不況により個々の店の体力が弱り、閉店を余儀なくされつつあった。

また、天神橋三丁目商店街には、空き店舗を埋める形でフランチャイズチェーンやナショナルチェーンが進出を計ってくる。その中で、既存の各個店がこれらに対抗するためには、経営改善、店舗レイアウト・ディスプレイの改善が不可欠であり、こういった改善策を習得する必要があった。

ほんまもんの商店街の繁盛店づくり
・老舗を継ぐ戦後三代目の商人(30から40代)を中心に商人塾を開く(平成16年8月から平成17年1月まで毎月1回実施)。

・「個店の問題点の抽出」、「商品構成の見直し」、「顧客づくりとレイアウトの見直し」、「ブランドをつくる」、「改装の留意点」、「催事設計」等ソフト・ハード両面をテーマに、参加店舗間で意見交換を実施。

・既にお客様に知名度のある「天神橋筋」をブランドとし、「老舗クローズアップ大作戦」と称して活動を実施

・集客アップの取組の1つとして、「朱印帳」ならぬ「集印帳」を作成。これは、買い物客が各店オリジナルのハンコを集めながら、老舗巡りを楽しんでもらうものである。

・塾の開催にあたっては、外部コンサルタント・専門家を招き、店舗レイアウト・ディスプレイの改善を行った。あわせて店舗運営の技法、考え方を習得し、今後自店で改善できることも目標とした。

神社と連携して賑わいを創出 大阪府大阪市 粉浜商店街

アーケード、カラー舗装等のハード面のリニューアルで、買物客の安全性の向上を図るとともに、近隣の神社と連携したイベントにより賑わいを創出。

1980年代に周辺の商業地の整備が進み、地域間競争が激化、来街者が減少しはじめた。そこで、(1)商店街の独自の顔となる目玉イベントをつくってお客様を呼び込むことが必要であった。 また、(2)老朽化していたアーケードとカラー舗装を改修する必要があった。

(1)「はったつ市」の実施
 粉浜商店街の近くには住吉大社がある。関西一の参拝を誇る歴史のある神社「住吉大社」は初辰さんの名で広く親しまれている。毎月初めの辰の日に行われる例祭「初辰まいり」は、ハッタツ=発達に通じるところから、商売繁盛・家内安全・徐災招福などの御利益があり、とりわけ四年間(四十八月)お参りすると、四十八辰(始終発達)となって諸願成就するとされている。そのため、毎回1万人の参拝客が近畿一円から訪れている。「はったつ市」は、これらの参拝客に商店街で買物してもらおうというのが狙いで平成2年から行われている。住吉大社境内において、参拝者にチラシを配布する。チラシを持ってきた買物客は商店街入口2ヶ所でスタンプを貰う(スタンプラリー)。そのチラシ1枚で空クジなしの抽選が1回でき、大吉千円・中吉五百円・小吉百円の買物券が当たるようになっている。また、年1回の初辰大祭(毎年5月)には、大大吉三千円の買物券を出す。各店舗の店先には招き猫のイラストのポスターが貼られ、組合員は、これらの買物券を自店で使ってもらえるようお買得品を用意し、赤い「はったつ市」ハッピやエプロンを着用して顧客を迎える。

(2)アーケード・カラー舗装等のハード面のリニューアル
粉浜商店街のアーケードは、昭和28年に第1回が建設され、昭和52・53年にアーケード・カラー舗装工事が完了した。その後20年近くが経過し、老朽化が目立つようになったため平成11・12年に改修工事を完了した。

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