震災の街から「食」の街へ 兵庫県神戸市 神戸市内11商店街等

「お好み焼」や「ぼっかけ」をきっかけとした「食のまち」として活気が復活。修学旅行生受け入れ等、様々なソフト事業に注力。

JR新長田駅南側の商業ゾーンは、昭和20から30年代は神戸の副都心として位置づけられ、近くの工場で働く社員やその家族の買い物の場として賑わい、商業力も強かった。その後、地下鉄の延伸等の影響により、多くの住民が郊外ニュータウンに移転して高齢化率が高まるなど、徐々に空洞化が進んだ。そのような中、平成7年に阪神・淡路大震災が発生し、街は壊滅的な打撃を被った。ピーク時には24万人までいた長田区の人口は震災後10万人にまで減少した。震災復興事業が動き出したものの、大正筋商店街では約90店あった店が10店ほどまでに激減するなど、商店街活動ができない状況になっていた。そのため、平成12年に「地域のために一緒に頑張ろう」と若手が集まって出来たのが「アスタきらめき会」という任意団体である。アスタの「アス」は、「私たち(US)」と「明日」を意味し、「街(タウン)」の「タ」と合わせた名称である。そして、この時のメンバーが中心となって平成13年6月に3セクTMOの「株式会社神戸ながたTMO」が設立された。

TMO事業としてエリア内におけるお店の紹介をするため、「新長田南地区商店街マップ」を作成した際、長田の街における特徴は何か探ってみた所、このエリア内にお好み焼き屋が70軒以上あった。兵庫県は大阪(3800軒)に次ぎ約2800軒(平成5年調べ)と、全国第2位のお好み焼き屋の集積地で、県内一の集積地が長田区であるため、「宇都宮の餃子」のように、「長田のお好み焼き」というイメージを浸透させ、「食によるまちづくり」を目指そうと考えた。

(1)新長田ネット展開事業
長田には「お好み焼き」以外に「そばめし」がある。これは、工場で働く女工さんが、手軽に食事を済ませるため、焼そばを細かく刻み、御飯と混ぜて炒めたもので、地元では結構人気メニューとなっている。地域の特徴をよりアピールするため、「お好み焼き」と「そばめし」のマップを作成し、地域住民や来街者に配布することにした。特に「そばめし」については「そばめし発祥の地」とのサブタイトルをつけてマップ作成を行った。また、TMOのホームページを作成し、新長田のお好み焼屋の紹介やおいしいお好み焼きの食べ方の紹介等を行った。

(2)「社会体験学習のまち新長田」推進事業
近年は修学旅行に体験学習が求められるようになってきており、単に観光するだけではなく、福祉やボランテイア等を通じて地域とのふれ合いが要求されている。この事業において「商人体験」を実施し、お店の手伝いをしてもらいながら、商売の楽しさを知ってもらおうという企画である。また、その前提として、神戸・長田がどのような街であり、震災後どのように立ち直ってきたのかを修学旅行生に教えるカリキュラムが盛り込まれた。そのために作成されたパンフレットが「新長田復興物語」である。また、社会体験学習を受け入れるためのメニュー作りや体制作りを行い、毎年多くの修学旅行生を受け入れている。

市民、企業、行政が連携したまちづくり 長野県飯田市 

長野県飯田市 株式会社飯田まちづくりカンパニー
「街の機能再編」「定住人口の増加」「商業の活性化」等による特色あるまちづくり事業を、市民、企業、行政のパートナーシップのもとに展開。

飯田市の中心市街地は、「丘の上」とも呼ばれる天竜川の河岸段丘上に位置し、橋南、橋北、東野の3地区で構成されている。商店街が縦横に発達し、1970年代までは、総人口約19万人の広域商圏として、何でも揃う唯一の場所としての地位を誇っていた。しかし、面積が狭く地価の高い市街地から郊外への人口流失が進み、近年にはロードサイド型の商業集積が郊外バイパスを中心に形成された。このような中、商店主達が危機感を抱き、平成2年から活性化のための検討会を頻繁に開いて話し合い、「商業の振興だけでは、もはや街を活性化できない」という考えに至り、「暮らしを支援するまちなか居住」が中心市街地再生のテーマとなった。以後、市民、企業、行政のパートナーシップのもとに様々な取り組みを展開している。

(1)市街地再開発事業
・橋南第一地区市街地再開発事業(平成13年竣工)
商業機能、交流機能、住宅機能を併せ持つ地上10階建てで、高度化資金を活用。また、市営駐車場(80台)を隣接させ利便性が高い。1階には地元スーパーマーケットを中心に生花店やレストランなどがあり、2階、3階に、歯科医院、ハローワークプラザとともに、市役所の機能を一部移転した「飯田市りんご庁舎」が入居し、住民票や税証明等の交付や手続きが行える他、市民サロンや会議室を市民が利用。4階から10階は、14種類の間取りの都市型住宅(42戸)が造られ、ほぼ即日完売となった。

・橋南第二地区市街地再開発事業(平成18年竣工予定)第一地区の北側に隣接し、店舗、業務、住宅、金融機関、川本喜八郎人形美術館、駐車場で構成され、平成16年に工事着工。

・堀端地区優良建築物等整備事業(平成19年竣工予定)店舗、健康福祉、ケア付き高齢者賃貸住宅、住宅により構成。平成18年に工事着工。

(2)りんご並木三連蔵整備事業(平成12年竣工)
歴史的建造物であるりんご並木の三連蔵を市が取得・改修し、一般に開放。市民や観光客の交流拠点となっている。

(3)テナントミックス事業(平成15年竣工)
第一地区の隣接地にTMO株式会社飯田まちづくりカンパニーが空き店舗を取得し、テナントビルを建設、7店舗が入居。1区画が小スペースのため、大半が起業家の出店。

(4)福祉サービス事業(平成14年竣工)
TMOがケア付き高齢者共同住宅「アシストホームりんご」(6世帯)を建設、賃貸。

(5)一店逸品運動事業
NPOいいだ応援ネットイデアが、個店の個性化を図り、まちの商業の魅力を高めるために、平成16より、継続事業として運動を展開している。参加店30店舗。

(6)チャレンジショップ事業
大規模リニューアルを行った駅前SCの4階の一部をNPOが借り、5区画のチャレンジショップを運営。卒業店が商店街の空き店舗に出店している。

(7)まちなか音楽・映画鑑賞事業
「街をもっと楽しくしよう」という思いを持つ若者が中心の市民団体IIDAWAVEが、屋外ライブ(月1回)や音楽コンテスト、映画の名作鑑賞会などの事業を会員制で実施。会員数は200名で、事務局をTMOが担う。

(8)商店街環境改善活動事業
電線地中化が行われた駅前中央通商店街では、名称を"ガーデンズ"に改称し、市民の庭となることをコンセプトに、リサイクルステーションの設置や、地域ぐるみ環境改善活動「南信州いいむす21」にも参加している。

生活と産業が共生したまちづくり 東京都三鷹市 株式会社まちづくり三鷹

SOHOなど都市から新産業を創出するとともに、市民、事業者、大学とのコラボレーションによって中心市街地を活性化。

三鷹市は、新宿から20分に位置する住宅都市として発展してきたが、近隣の大型商圏に購買力を奪われるとともに、大・中堅工場の流出も続き、域内雇用力や地域産業が脆弱化してきた。そこで平成8年には多摩地域で最初となる「三鷹市産業振興計画」を策定し、商業では三鷹未来塾などの人材育成事業、工業では工場アパート等を実施してきた。その後平成10年より、住宅都市と共存できる新たな産業として「SOHO(small office home office」に注目し、「SOHO CITYみたか構想」を定め、インターネットやパソコンを活用した情報通信関連いわゆるIT事業者の集積と振興を図ってきた。平成11年には、中活法のTMOとなる「株式会社まちづくり三鷹」を三鷹商工会、市内事業者とともに設立し、三鷹駅前の商業発展とIT事業者の集積という両軸に足をおいた中心市街地活性化事業に取り組んできている。

(1)中心市街地の活性化事業
「三鷹電子商店街事業」
地元商店街の販売促進と販路拡大に向けて「地域密着型の電子モール」を構築し、24時間、全国にネット販売を13年度から開始。現在120店舗が参加し、共同決済、共同配送、市内無料配送を実現してきた。それにより個店のITが進むとともに顧客情報の蓄積を図っている。
「三鷹産業プラザ1期2期の建設整備」
地域から新たな産業を創出するために、SOHO及び都市型産業が集積できるよう、独立行政法人中小企業基盤整備機構(前地域振興整備公団)とともにインキュベーション施設として平成12年に第1期三鷹産業プラザを建設整備した。入居企業28社ユニット、地域情報センター(SOHOサロン)を整備してきた。
その後、リノベーション補助金、高度化無利子融資を活用して、まちづくり三鷹が単独でテナントミックス事業として第2期三鷹産業プラザを建設。商業店舗として16店舗、ITルーム2室、会議室3室が整備された。
(2)SOHO CITYみたか構想の推進
「コーディネート相談事業」
三鷹産業プラザでは、毎日無料にて企業の社長による創業や経営の相談、三鷹経営コンサルティング協会による専門相談が実施され、身近での創業支援環境を整えている。加えて、技術アドバイザーによる三次元計測器の測定指導も行っている。
「ビジネスプランコンテスト」
地域から創業者や優秀なビジネスモデルを発掘するために、平成13年からビジネスプランコンテストを開催してきた。賞金だけでなくコンサルティングを重視するとともに、場合によっては、TMOによる株式の取得(投資)による支援を行っている。
「ベンチャー カレッジ」の開催
シニアや主婦層の創業を促進するために、創業塾を開催。講師陣は全て地元の人材に依頼し、受講後に地域人脈になるようにしかけている。
「NPOとの連携事業」
NPOシニアSOHO普及サロン・三鷹とは、パソコン講習会等を通じて、高齢者の地域社会でのプラットフォーム形成を支援している。NPO子育てコンビニは、みたか子育てねっとの運営事業を行っている。
(3)都市型産業の育成事業
「地域新生コンソーシアム事業」
三鷹の光工学関連企業、大学そしてまちづくり三鷹との産官学の連携により、「医療用高解像度立体視顕微鏡」の開発とそれに必要な手術用針と糸の試作開発を行ってきた。産官学の恒常的な連携を進めるために「三鷹光ワークス」を構築し「レンズがわかるセミナー」やCADを使った「レンズセミナー」などを開催し、光工学関連の人材育成を進めている。

フィールドミュージアム「おうめまるごと博物館」構想 東京都青梅市

東京都青梅市 青梅市内8商店街
「昭和の町」として整備を始めた商店街に、青梅のまち全体が博物館という新しい概念(フィールドミュージアム)で活性化。

東京都青梅市は都心から西に40から60キロメートル圏に位置し、秩父多摩甲斐国立公園の玄関口として、豊かな自然環境に恵まれた都市である。関東山地が平野部と接し、東側に向けて扇状の武蔵野台地を形成しており、その扇の要に当たる。青梅駅周辺は西多摩地域最大の繁華街として昭和30から40年代に最盛期を向かえ、「青梅市の顔」として中心商店街の役割を果たしてきた。

しかしながら、モータリゼーションの進展、交通体系の整備、消費者のライフスタイルの多様化などの影響を受け、大型小売店など商業施設の郊外展開が進んだ。この結果、空き店舗も増加し、商業機能の空洞化も危惧されている。

このような状況に対し、青梅における商店街の振興策として、大正・昭和のレトロな風景を活かしたまちづくり、景観を重視したまちづくりが基本コンセプトにあげられており、住江町商店街では、町内の空き店舗を活用し、集客のための施設として、平成11年に「昭和レトロ商品博物館」、平成15年に「青梅赤塚不二夫会館」を開設した。2館の入館者は年間約6万人となっている。

集客力が高まる中で、更なる活性化を目指して、商店街の商店一つひとつが博物館であり、店の主人が学芸員であるというコンセプトで「まるごと博物館」事業をスタートさせた。

イベント「青梅宿アートフェスティバル」は、平成3年に住江町商店街振興組合により開催されたが、年を追うごとに参加商店街も増え、15回を数える平成17年度は7商店街で実施した。

また、このアートフェスティバルで映画看板を掲示したところ、好評であり、映画看板のある街として、全国的に知られるようになるきっかけとなった。アートフェスティバルの参加商店街が増えていく中で、商店街間の交流も進み、イベント時だけでなく、半日から1日、来街者に青梅を楽しんでいただけるように、8商店街で「ぶらり青梅宿ガイドブック」を作成した。

このような中で、JR東日本では、青梅駅をレトロ化する「レトロステーション」事業の実施、市内にある明星大学の造形芸術学部の学生が、アートフェスティバル開催時に空き店舗で作品展示等を行うなど、商店街の枠を越えた活動となってきた。

これらのことから、商店街では、既存の商店街の枠を越えた組織をつくり、活性化を進めることとし、「ぶらり青梅宿実行委員会」を組織し、「おうめまるごと博物館」構想を推進することとした。

「福祉対応型商店街」を目指して 青森県青森市 青森市新町商店街

コンパクトシティ構想の下、にぎわいあふれる「福祉対応型商店街」に向けた取組み。

新町商店街はJR青森駅から1キロメートルほど広がる商店街で、青森市の中心市街地として発展してきたが、昭和63年の青函連絡船の廃止により駅前からの人通りが急減した。

また、モータリゼーションの進展や居住人口の郊外シフト、病院や図書館といった主要集客施設の移転なども中心市街地の衰退の一因となっていた。

こうした中、新町商店街では、「商店街に訪れる顧客にとって何が一番望ましいのか」ということを検討し、「人と緑にやさしいまちづくり」というコンセプトのもと「福祉対応型商店街」という理念を形成した。

その背景には、商店街は商業者単独では生き残れないという危機感と、商店街は商業者だけのものではなく、訪れる人すべてのものであり、半公共的福祉施設であるという意識があったためである。

そのため、自分のためだけでなく地域のためという視点を持ち、地域と連携していくことが重要だと再認識して各種事業を構築している。

(1)一店逸品運動事業
・商店街の個店の魅力向上のため、商品政策(マーチャンダイジング)を導入

・お店回りツアーによる消費者へのダイレクトな個店PR

・観光客にも人気の逸品カタログ作成    など

(2)行政・NPO等との連携事
・小さな子供を持つ両親が「まちなか」に子連れで過ごせる空間(子育て支援施設「さんぽぽ」)を運営(市から委託/子育て支援グループ等と連携)

・道路を活用し、NPO等約50団体と連携する「しんまちふれあい広場」を実施

・新町商店街を含む中心7商店街が共同で宅配サービス事業実施。(集配作業等でNPO等と連携)    など

(3)タウンモビリティ事業など
・商店街の移動をスムーズにする電動スクーターや買い物カートなどの無料貸出サービス

・26カ所(約3,000台)の駐車場で利用できる共通無料駐車券

・バスカードなどと交換できる縄文スタンプ事業など

神楽坂の若手店主らが集まり共同企画−今年のテーマは「学校」 /東京

神楽坂エリアで営業を行う16店舗で結成された「カグラザカヨコロジー」は6月18日〜20日、共同企画「散歩でめぐるガッコロジーin神楽坂」を開催する。

神楽坂の「横路地」と足で街を歩く「エコロジー」を組み合わせて名付けられた「カグラザカヨコロジー」は、老舗の店が多い神楽坂の中でも比較的新しく若い店で構成。昨年6月に開催した「散歩でめぐる一日世界旅行 in 神楽坂」に続く2度目の企画となる。

中心市街地の成功方程式

今回は、神楽坂の「横路地」と「学校」を組み合わせて「ガッコロジー」と名付け、各店舗が1つの教科をテーマにした先生になり、展示や販売、イベントを期間限定で行う。参加各店では現在、各店の企画内容やワークショップの時間割、神楽坂の散歩マップなどを掲載したイベント用の共通パンフレット1万部を配布している。パンフレットには、記載された順番に折り畳むと校舎の形になる仕掛けも用意し、3日間で全店舗のスタンプを集めた参加者には「ご褒美」も。

参加店は、貞(算数)、artdish(家庭科)、ベルパッソ(理科)、nicoLA(寄り道)、マンヂウカフェmugimaru2(給食)、日本茶 茜や(国語)、フラスコ(遠足)、大洋レコード(音楽)、うす沢(おべんきょう)、gallery坂(美術)、galon(道徳)、Salon de The Un Gateau(おやつ)、鮎藤革包堂(生物)、ラ・ロンダジル(放課後)、昼行灯ろびん・赤提灯ろびん(調理実習)、カド(中国茶)の16店舗。

理事長を務める「貞」の日野貞明さんは「前回は20〜30代、50代くらいの男性、子どもまで幅広い人たちが参加してくださった。前回は各店の日程にバラツキもあったが、今回は同日程での開催。各店とも遊びと本気の部分があり、参加者にもそこを楽しんでもらいたい」と話し、「神楽坂では個々やNPO法人などが主催でやっているイベントは多いが、いくつかの店が集まってやっているものはない。(当イベントは)メンバーみんなが同じ目線を持っている。まだ検証段階ではあるが、これが盛り上がれば街も面白くなると思う」と期待を寄せる。

編集後記
若い個性を活かせるビルや路地奥の安い店舗、零細でもきらっと光る飲食店や美容室…。多様な人が暮らし、楽しみ、起業する、都心へ。小さな起業が都心を変える。
暮らしの変化をとらえた再生への道は「中心市街地の創造力」から生まれてくるものなのでしょうね。

いにしえの刻が薫る街に生まれ変わった商店街 大分県臼杵市 中央通り商店街

歴史のある街並みを残した景観形成とチャレンジショップによる活力ある商店街とまちづくり。

臼杵石仏で有名な大分県臼杵市は、中世の時代に城下町が形成され、南蛮文化に彩られた国際都市として発展した。現在も武家屋敷や町屋、寺院などが立ち並んでおり、江戸〜昭和初期の雰囲気を色濃く残している。県都大分市に隣接しながらも、これまで造船業を軸に醸造業、商業などが栄え、県南の中心都市としての役割を担ってきた。人口約4万4千人の都市である。

臼杵市中央通り商店街は、市の中心市街地の中心部に位置し、直線約320メートル、組合員数46店舗の近隣型商店街である。周辺には稲葉家下屋敷、野上弥生子文学記念館、二王座の町並み等歴史・文化等の資源があり、商業と観光の中心地となっている。

(1)アーケード撤去及び街並み整備
平成5年、商店街では、完成後20年が経過している老朽化したアーケードのドーム化を総会決議していたが、一転して街並み景観に合わせた店舗改装とするためにアーケードの撤去を決めた。

商店街の再生として臼杵らしい街並みとの調和を図ることで、個々の店の外装改修を平成12年から平成15年度までに18店舗が着手。平成16年度も5店舗が実施。また、平成14年10月にアーケードを撤去した。

商店街が取り組む、地域商業魅力アップ総合支援事業(商店の改装、アーケード撤去)商業基盤施設整備事業(街路灯、モニュメントの設置)、と平行して中心市街地活性化の観点から、街並み環境整備事業(電線類の地中化、石畳の敷設)等のハード面の整備に取り組んだ。具体的には、統一的な外観を整備した。

また、中心市街地としての機能を高めるため、商店街地域周辺に臼杵ケーブルネットワークセンター、臼杵ふれあい情報センター、市民・観光客の交流の場「サーラ・デ・うすき」等の施設を平成13年度から14年度にかけて整備した。

平成15年4月アーケードの撤去及び街路灯、モニュメント、石畳等の整備が完成したことにより、商店街リニューアル完成式典を開催。新生商店街としてのスタートと顧客からの愛着を高めるため、商店街の愛称を募集した。約1,000通の応募があった中、「八町大路」に決定した。「八町大路」とは、商店街周辺に八つの町があるが、その中の中核として都大路のように多くの人が行きかう大路であって欲しいという命名者の願いが込められている。

(2)チャレンジショップ
リニューアル事業による商店街のイメージアップとともに、空き店舗の解消やテナントミックス等商店街の機能向上を目指し、商店街に不足する業種・業態店をチャレンジショップ事業により募集した。

リニューアル事業でまちの調和が図られたことにより、以前と比べて観光客等の来街者が増加したこともあり、応募者は独立開業を目指す意欲ある者の他、臼杵の情報発信やまちのコミュニティの場として出店を希望する地元企業の応募があった。募集8店舗に対して11件の応募があり、特産物や土産品を取り扱う「まちや八町」や臼杵の風景画の展示販売とコミュニケーションスペースを提供する「アトリエ鑰屋(かぎや)」等、7店舗の出店を決定した。

呉服町名店街にNPOと市が協力して店舗を設置 佐賀県佐賀市

佐賀県佐賀市 NPO法人子どもの本屋ピピン(呉服町名店街)
空洞化が著しく進む中心商店街の空き店舗へ店を誘致するにあたり、進出するNPOと市の職員が協力して店舗改装を実施。

佐賀県内唯一の、子どもの本の専門店を運営していたNPO「ピピン」が、拠点としていた住宅街の店舗から立ち退きの通告を受けたため、佐賀市の街づくり推進課に相談に来た。

街づくり推進課では、子どもの本を専門に扱う本屋を誘致することは、中心市街地の活性化に大いに貢献すると判断し、空き店舗の家主との交渉を行った。

結果として、街の活性化に非常に協力的な家主と出会うことができ、極めて安い賃料での交渉が成立し、「ピピン」が中心市街地に進出することになった。

(1)手作りの店作り
もともと、子どもたちに良質な本を提供したいという思いで立ち上げたNPOであったため、店舗の改装費用等に費やす経費は持っていない。相談を受けた職員は、店舗の改装を手伝うことにした。

補助金を使っての空き店舗対策もいいだろうが、労力を提供する形の空き店舗対策事業もあっていいだろうと考えた。

たまたま、大工仕事が得意な職員がいたということもあって、店舗の改装作業が始まった。

(2)店づくりがつくる、街のコミュニティ
実際に、店舗の改装を始めてみると様々な効果が目に見えて出てきた。まず、手伝いを頼んできた「ピピン」のスタッフも一緒に作業を始めた。

補助金をもらって建設業者を使った場合、こうはいかなかっただろう。

次に、街づくり推進課の職員が店舗の改装をやっているということで、商店街の人たちが、次々に現場を訪れた。

(3)「ピピン」に期待する街づくり
みんなの手によって、「ピピン」は、平成18年5月7日に引越しを終え、13日にオープンした。街なかに出てきた「ピピン」は、子どもの本の専門店としてだけでなく、中心市街地のマンションに住みながら街なかを歩かない若い親子と街との出会いの場として、中心市街地のお年寄りと子どもたちとのふれあいの場として、そして子どもたちの成長を見守る場所として活躍してくれると期待されている。

TMOによる空き店舗事業、女性リーダーの活躍 広島県呉市 呉市中央地区6商店街

商店街の空き店舗情報を積極的に公開。女性タウンマネージャーらの活躍により、商店街を「買い物の場所」から「楽しい場所」へとイメージチェンジ。

呉市は、商店街の空き店舗対策として「呉市商店街空き店舗有効活用事業」を実施していたが、利用希望者が現れず、新たに効果的な空き店舗対策事業を検討していた。

呉TMO(商工会議所)では、平成15年、16年度の2年間に「まちおこし特別委員会」を設置し、防犯カメラの設置や学生イベントの支援などを実施し、にぎわいの創出に一定の成果を収めてきた。

しかし、呉TMOの業務は、呉商工会議所の職員が兼任で行っていたため、その活動がある程度制約され、機動性、柔軟性等において課題が生じていた。

このため、呉TMOでは、独立行政法人中小企業基盤整備機構のタウンマネージャー派遣事業を活用し、平成17年度より専任のタウンマネージャーとして、中小企業診断士の資格を有する専門家の派遣を受けることとなった。

(1)空き店舗対策事業
1)「来てくれ店舗公募事業」(呉市事業)

呉市の中心地区で開業を希望する企業・個人から企画を募り、採用案件1件に100万円の報奨金を進呈。新規創業者に限らず、既存事業者の新規出店案件も応募可能

2)不動産データベース(空き店舗情報)の構築

広島県宅地建物取引業組合の協力を得て、空き店舗データベースを構築。同時に、タウンマネージャーが賃貸物件を定期的に確認し、条件の良い賃貸物件は、「TMOおすすめ物件」として、優先的に紹介している。

3)開業相談、支援活動

空き店舗対策事業の広報を強化し、開業希望者の相談、ビジネスプランの策定及び、資金調達を支援している

さらに、TMOのネットワークを活用し、開業後の広報、販売促進を支援している。

(2)女性リーダーの存在
呉TMOは、まちづくり活動の独立性を確保し、商店街だけでなく広く住民が参加しやすい組織として、「NPO法人タウンマネジメントくれ」を設立。女性タウンマネージャーがこのNPO法人の運営実務を担当している。呉市の場合は、「まちおこし特別委員会」の座長が女性であったこともあり、まちづくり活動の主要メンバーは女性マネージャーには抵抗がなかった。タウンマネージャーの実際の活動を見てみると、消費、流行に対する感性が高いなど女性ならではの特徴をうまく活用している。

コミュニティー施設を拠点に連携を強化 岡山県岡山市 奉還町商店街

コミュニティー施設「奉還町りぶら」を拠点に、様々な人や団体との連携を強化し、事業を展開していくことにより商店街を活性化。

奉還町商店街は、明治初期に池田藩の武士が、大政奉還により手にした奉還金を元手に店を興したのが始まり。価格が安くかつ庶民的な商店街として古くから栄えていた。岡山駅西口徒歩数分という好立地にあり、周辺には病院や岡山大学等の学校、国際交流センターなどが集積しており購買力のポテンシャルはありながらも、郊外への大型店の出店や、ライフスタイルの変化、消費者ニーズの多様化とともに商店街を取り巻く経営環境も厳しくなり、地盤沈下も顕著になってきた。

そのような中、昔ながらの井戸端会議をしながら商人と住民が、または住民同士がコミュニケーションや情報交換を図る"人に優しい商店街づくり"を推進する拠点として、コミュニティー施設「奉還町りぶら」を建設した。現在では、近隣にコンベンションホール、放送局やホテルが入居する再開発ビルが整備され、今後、さらに集客性・回遊性が期待されるところである。

(1)来街者の多様化
学生やボランティア団体の利用料を無料にすることで、それらの利用促進が図られ、商店街活動との連携も強化されることとなり、若者など従来と異なる来街者を呼び込むこととなった。

(2)空き店舗の解消
積極的な活動事例が紹介されるなど、商店街のイメージアップが図られ、周辺町の野菜を販売するアンテナショップや福祉団体の出店等、商店街の空店舗への出店が加速された。

(3)商店街活動の活性化
奉還町りぶらという活動拠点をもつことで、その運用を手がける「おかみさん会」が組織化されるなど、組合の活動意識が高まり、積極的な事業展開が図られるようになった。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。