“芸術家の卵”に活動拠点 〜鳩の街通り商店街振興組合〜

旧赤線地帯にあり永井荷風や吉行淳之介の小説にも登場するなど、昔ながらのヒューマンスケールな路地や界隈性が、アートや建築関係者の人気を集める東京都墨田区の鳩の街通り商店街振興組合(松橋一暁理事長)地区。その一角の店舗を兼ねた古びた一軒長屋が、成功を夢見るアーティストの卵たちのインキュベート拠点としてリニューアルされた。画家や陶芸家、クラフトアーティスト等のアトリエ兼販売拠点が、空き店舗に悩む商店街に、さわやかな薫風を起こしつつあるようだ。

このほどオープンした『チャレンジスポット!鈴木荘』は、通り沿いの空き家を商店街が借り受けたもの。マンションへの建て替えが検討されていると聞きつけて、店舗の連続性が失われるとの危機感を抱いた商店街が、遠方に住む家主を探し出して説得。商店街活性化のためにとの2年がかりの松橋理事長の熱意が実り、3年間限定ながらも格安で借り受けている。
 
同拠点の利用契約期間は3年間で、入居者の負担は、1階部分の3区画は月3万7000円、2階部分の3区画は月2万2000円。今回は、各6区画内とファサードの改装費および月々の家賃助成について、都と区より3分の1ずつの助成を受けている。
 
入居の条件は、(1)3年間継続的に利用可能であること、(2)週5日以上、1日6時間以上オープンできること、(3)土日にできるだけオープンすること‐‐など。とくに同商店街では近年の街歩きブームで土日の集客が増加しており、同拠点がこうした観光客ニーズにも対応できるとのねらいだ。

空き店舗にお休み処 〜旧東海道品川宿周辺8商店街〜

東京都品川区の旧東海道商店街通り沿いに平成21年1月2日、「品川宿交流館 本宿お休み処」がオープンした。商店街空き店舗を活用した観光やまちづくり拠点との位置づけで、オープニング当日は1,000人が来訪するなど毎日たくさんの観光客が訪れている。

同館の1階は観光案内所や休憩場所で、2階は展示コーナー。2階では3月末まで、東海道七福神の発案者で郷土玩具研究家の有坂与太郎氏にまつわる展示会を開催中だ。また3階は貸事務所、4階は落語会やパソコン教室等の催事利用を検討している。開館は火-日曜日の午前10時-午後5時で、担当者が常駐して来館者に対応する。
 
同館は元衣料品店だった4階建ての店舗を、区が8,700万円で買い上げて改装したもの。外観には黒塗り格子壁や木看板が凝らされて、旧東海道宿場町の風情を演出。運営は旧東海道品川宿沿道8商店街等からなる「旧東海道品川宿周辺まちづくり協議会」(代表=堀江新三・青物横丁商店街振興組合理事長)が担っている。
 
同館は、広域集客向けの観光インフラ機能を果たすと同時に、「地元市民にとっては、まちづくり活動の拠点機能を果たす意義も大きい」(同協議会広報担当の佐山吉孝氏)。5月の地元神社例大祭へ向けて、そのあゆみを振り返る展示企画も進むなど、地元商店街を舞台とした地域コミュニティ醸成にも効果を上げそうだ。

指導者は本当に活性化を指導できるのだろうか?

事態を虚心に眺めればこのような単純素朴な疑問が生じてしまうのであります。
商店街を活性化するには、消費購買行動の変化・集積間競争の展望・専門店の店づくり(ハード&ソフト)・人材育成の方向・街づくり(建築ではない)等々を体系づけた理論と関係者をモチベートする手腕が求められます。全体としての商業をどのようなパラダイムで理解しているかということが大切なことは言うまでもありません。

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さらに、個店の「店づくりの転換」については相当突っ込んだ指導・支援が必要になるわけですが、中心市街地活性化関係の指導者にはこのようなレベルの指導の必要性についての問題意識はほとんど見受けられないと思います。(お聞きになったことがあります?) また、適任者がいたとしても実際に指導を受けるとなると通常は膨大な時間やコストが発生しますから、これを回避する手だても指導者自身が考案すべきです。

いずれにせよ、プロの指導者たるもの、さまざまの問題を全て踏まえたうえで「こうすれば活性化できる」と大見得を切るべきではないでしょうか。まさか「誰がやっでも成功しない、だからおれがやってもいいんだ」と思っている人は絶対にいないと信じたいところであります。

「街なか感謝デー事業」 富山県富山市 街なか感謝デー実行委員会等

商店街自らが中心部の駐車場を借上げ、来街者に無料開放するとともに、近隣商店街では、市民団体等が連携して多彩なイベントを開催。

近年、モータリゼーションの進展により郊外における住宅や店舗の立地が進む一方、中心市街地においては空き地や空店舗の発生と来街者の減少が生じており、中心市街地における商業活動の衰退に歯止めがかからない状況である。

富山市の中心市街地で毎年実施している歩行者通行量調査でも平成11年度に対し、平成 17年度では66.5%に減少している。

市民が中心市街地を訪れない大きな原因として、郊外にある大型商業施設の駐車場では何時間駐車しても駐車料金が無料であることが考えられ、中心市街地の活性化を図るうえで、大きな課題の一つである。

このことから、TMOである株式会社まちづくりとやまや商業関係者、駐車場関係者で、中心市街地における駐車料金について協議がなされ、無料サービス時間の延長を図るとともに、中心部の駐車場を終日無料開放する街なか感謝デー事業を行った。

また、全日空ホテルや富山国際会議場などが立地している大手モール商店街では、市民とともにこだわりの食材やアクセサリーを販売する「バザール」を開催することにより、中心市街地の活性化をめざす「越中大手市場」が毎月2回開催されている。

同じく、大手モールに面している富山市民プラザは越中大手市場の開催と連携して、1階エントランスや前庭を利用し、手芸作品などの実演・販売を行い、商店街と共に中心市街地の活性化を図っている。

元町ブランドを追求し続ける取組み 神奈川県横浜市 元町エスエス会

都内や近隣商店街との競争激化、みなとみらい線の開通など周辺環境が変化する中、独自の事業展開で元町ブランドの地位を確固たるものに。

JR京浜東北線石川町駅、みなとみらい線元町・中華街駅の東側に位置する約600メートルの商店街で業種構成はファッション関連がほとんどである。店舗1階部分を後退させ、敷地内を歩道に提供するなど全国に先駆けたユニークな歩行者空間を生み出す他、路上駐車帯を設けるなど道路整備にも力を入れている。これらの整備については西欧文化と日本文化の交接点をコンセプトに、照明等にも同一のコンセプトを活かし、街全体の統一感を高めている。

元町は、開港以来、西洋文化の進取によって日本の商業を牽引してきた歴史を持つ商店街である。「ハマトラ」ファッションを生み出す等、ヨーロッパ調のセンスの良さを特徴としており、メインイベントである「チャーミングセール」には横浜のみならず首都圏からも多くの人々が訪れる著名な商店街となっている。

商店街の中核である元町SS会は有能な若手経営者が多数所属し、強固な結束を誇る組織であり、これまでも第一期の壁面線後退(1955年から)、第二期の舗車道整備(1985年から)等、常に次代のニーズを見越した、元町の独自性を追求した環境整備やソフト事業の展開により、繁栄を継続している。

しかし、近年、都内(渋谷、原宿、青山、六本木等)、や市内の競合商店街(横浜西口、みなとみらい地区)の発展により、厳しい競争環境に置かれている。

こういった中で、念願のみなとみらい線の開通(平成16年)により、渋谷方面からの直接的なアクセスが確保される等格段の利便性の向上が図られたが、反面、東京方面やみなとみらい地区への来街者の流出も懸念されるため、オリジナリティあふれる魅力アップを目的とした第三期の街並み整備を行った。

中心市街地内での店舗集団化事業の展開 宮崎県都城市 オーバルパティオ

中心市街地内の区画整理事業に合わせ、魅力ある商業施設、共同でオープンスペースに中庭を持った商業集積の形成を目指して整備。

宮崎県都城市は宮崎市と鹿児島市のほぼ中間にあり、陸海空の交通の利便性を生かした生活圏の中心都市として、また、南九州の産業・教育・文化の中核都市として着実に発展している。

しかしながら、本格化したモータリゼーションの波に洗われ、市街地の拡大や大型店の郊外立地とともに、中心市街地における小売販売額の伸び悩み、人口流失・減少が進んでいる。また、店舗の老朽化と空き店舗の増加、経営者の高齢化、後継者不足等の問題もあり、早急でしかも総合的な対応が迫られている。

このような状況の中、中心市街地整備に向けて「特定商業集積整備計画」「中心市街地活性化基本計画」等の策定及び中心市街地における土地区画整理事業、駐車場整備、ホール建設等の様々な事業を展開している。

そして、この中心市街地再編の中で、商業空間の新しい創出と活性化を目指した地元商店街の有志6人が「協同組合都城オーバルパティオ」を設立し、地元商店街活性化に取り組んでいる。

集団で整備したことにより、周辺地域のカラー(色・まちの特色)が創出され、「オーバルパティオ」に協調した形での新規出店が増え続けている。

このことにより、既存商店街とは性格が異なる1つの"まち"が形成され、今まで少なかった若者が中心市街地に再び戻りつつある。

また、中心市街地内での回遊の拠点として、"まち"全体の集客力アップに寄与している。

さらに、整備するまでの事業者達の動きが建設だけに留まらず、市街地活性化に向けての新しい動きにもつながり、中心市街地内の他商店街の意識改革のきっかけとなっている。

現在では、隣接する※「チャレンジショップ」の指定管理者として新規創業者の育成支援も行っており、名実ともにまちのリーディング的役割を担っている。

※チャレンジショップ:新規創業者のための支援施設 店舗数:4店舗(すべて営業中)

「昭和」をキーワードによみがえった商店街 大分県豊後高田市 豊後高田市内8商店街

商店街に元気を取り戻そうと行政・商工会議所・商業者の3者が協力し合い「昭和」をキーワードにまちの再生へ向けた共同作業を展開。

大分県豊後高田市は、「仏の里」として名高い『国東半島(くにさきはんとう)』の西部に位置し、豊かな自然と温暖な気候に恵まれている。10万人の商圏を持つ市内商店街は、市の中心部を流れる桂川によって2分され、西側に6商店街、東側に2商店街があり、それぞれが江戸時代から昭和30年代にかけて、県北地域の商業の中心地として栄えた。

しかし、昭和30年代以降、人口は減少し続け、昭和40年の宇佐参宮鉄道の廃線やモータリゼーションの進展による人の流れに変化が起こったことなどから、中心商店街も急速に衰退。かつての賑わいも「昔話」となり、ついに、「商店街を歩くのは人よりも犬や猫の方が多い」、「鉄砲を撃っても人にあたらない」とも表現される様相となる 。

衰退したまちの再興への道を模索する中、商工会議所を中心とした「豊後高田商業まちづくり委員会」が立ち上がる。繰り返し行なわれる検討会議の中で、活性化へのテーマを「中心市街地」と決定。市街地の古代から近代に至る歴史の調査から始まり、その時間・空間軸を1枚の地図に組み込む「豊後高田市ストリート・ストーリー」を作成。既存の市街地、その歴史的背景、まちづくりの先例といったそれぞれの要素を考慮し検討する中で、古くて不便だとばかり思っていた既存商店街が、実は歴史と伝統のある昭和の姿をとどめた魅力があることがわかり、全国的にブームになりつつあった「昭和」がこのまちのテーマであることを確信する。

「昭和」というテーマの決定後は、行政・商工会議所・商業者の三者一体で1年をかけて「まちなみ実態調査」を実施。徹底したまちの分析から既存商店街の建物の約7割近くが昭和30年代以前のものということが判明。歴史を振り返る中で市が最も元気であった昭和の商店街再生に向けた取組みが始まる。

年間5万人の観光客を見込んでスタートした「昭和の町」だが、メディアに多く取り上げられたこともあり、予想をはるかに上回る25万人を超える観光客が訪れ、奇跡的に商店街に活気がよみがえり、商店主にも笑顔が戻った。同時に、全国から年間100件以上の視察が来るようになり、商店主らは、観光客・視察団体と市内のお客の対応に大忙しである。

小樽運河周辺の歴史的建造物を活かした商業集積 北海道小樽市 小樽運河周辺商業集積

小樽運河周辺の歴史的建造物とその街並みを保全し、石造建造物を商業施設として再活用を図りながら、にぎわいづくりを推進。

小樽市は、北海道西海岸のほぼ中央に位置し、天然の良港と豊かな自然環境に恵まれたまちで、港を核として、商工業・金融・海陸輸送などの面で大きな役割を果たし、歴史と伝統を継承しながら、北海道の拠点として発展してきた。

小樽経済の最盛期は、大正末期から昭和11年頃であり、小樽運河も大正12年に国内唯一の海岸沖合埋め立て方式で完成している。

その後、北海道経済の中心が札幌へ移転し、小樽は高度成長期の発展から取り残され、小樽運河もその使命を終え、運河周辺には過去の小樽の繁栄を物語る重厚な木造石造りの倉庫群、商社や銀行などの歴史的建造物が数多く残された。

こうした中、昭和41年に交通渋滞解消策として、運河全面埋め立ての都市計画決定がなされ、工事が進捗する中で、運河保存を訴える市民運動が起こり、運河の埋め立てか保存かをめぐる「小樽運河論争」が始まった。

10年以上の議論の末、最終的に昭和61年運河の幅の半分を埋め立てて道路とし、残りは御影石を銀杏模様に敷き詰めポケットパークの配置やガス灯がともる散策路として整備された。

小樽運河周辺は、今や小樽の基幹産業である観光のシンボルとして大きな役割を果たしている。

年間約750万人の観光客が訪れ、観光産業は小樽経済に大きな効果をもたらしている。

また、最近の観光動態として、小樽をロケ地として公開された映画「ラブレター」などの影響により、韓国や台湾などの東アジア圏を中心に外国人観光客が増加するなど、国際的な観光スポットとしても注目を浴びている。

一方、運河周辺は、観光の閑散期の新たなイベントとして平成11年から毎年2月に開催されている「小樽雪あかりの路」のメイン会場として、運河の水面に浮かべた浮き球キャンドルや散策路に設置したスノーキャンドルが訪れる人々を魅了し、期間中約50万人の来場者を集めている。

歴史的・文化的遺産を活かした商店街づくり 北海道檜山郡江差町 江差町歴まち商店街

歴史的・文化的・人的資源を生かし、「守り」「育て」「創る」まちなみ整備と商店街活性化。

江差町は、北前船とにしん漁で賑わい、北海道の中でも古くから商業の町として繁栄していたが、北海道経済の中心が札幌に移るにつれ、町は次第に衰退していった。

しかし、栄華の名残として下町地区に数多くの問屋、町家、蔵、商家、寺社等の歴史的、文化的遺産が残されている。この美しく貴重な景観を後世に永く伝え、また訪れる人が心の安らぎを感じることができるまちなみとして、「いにしえ街道」の整備を進めた。

このハード面での整備と同時並行で、商業活性化として、「歴まち商店街協同組合」の十数年にわたる努力により、各種イベントを実施し、元気でがんばる商店街づくりを行っている。

<経過>
平成元年
北海道戦略プロジェクト「歴史を生かすまちづくり事業」の「歴史を生かす街並み整備モデル地区」に指定
平成3年
「景観形成デザイン委員会」発足
平成4年
「歴まち商店街組合」設立(任意団体)
平成5年
「いにしえ夢開道」のイベント開催開始
平成8年
「江差町歴まち商店街協同組合」(法人格)商店街として、本格的な近代化事業の取組開始
「ふるさと江差の街並み景観形成地区条例」制定
平成10年
「歴史のまち宣言」
平成12年
「江差町中心市街地活性化計画」策定
中心市街地を4ゾーンに区分けし、それぞれの地区の特徴を生かしながら一体的な商業活性化を目指す。下町地区は、歴まち事業を柱として、集積区域整備事業を実施してきた。
平成15年
「壱番蔵」を拠点とし、歴まち商店街協同組合が管理運営を実施
平成16年
「江差朝市・新鮮組」開催
平成17年
「いにしえ街道」オープンフェア開催

木造古家の活用で「古さと新しさが融合」 熊本県熊本市 上乃裏通り

民間事業者が、所有者及び出店者のニーズをマッチングすることで、木造古家の再生・活用を実現。新たな魅力で街を再生。

熊本市の中心商店街・上通から東へ約100メートル離れた「上乃裏通り」は、車1台がやっと通れるような路地裏で、以前は、老朽化した築100年以上の木造建物が多く、商業地としての価値は低い地域であった。また、「防犯地域」「準防犯地域」のために、鉄筋建てが建直しの条件となり、所有者は、新築コストがかかるため、古い建物を放置するか、取り壊して駐車場にして活用していた。

このような中で、1987年、県内から移築してきた「繭蔵」を改装したビアレストラン「壱乃倉庫」がオープン、古い蔵を活用した独特の食空間が評判となった。これを契機に、中心商店街に比べ地価や賃料が安いこともあり、若者を中心に上乃裏通りへの出店ニーズが高まり、この改装を手掛けた工務店経営者は、多くの若者たちから創業の相談を受けるようになった。また、工務店経営者は、古い建物が次々と取り壊され、「古いもの」や「裏通りの魅力」が失われていくことを危惧して、所有者に「建物を捨てるのではなく、再生すること」を働きかけた。所有者からの再活用に関する依頼も増えていった。

工務店の経営者が、所有者及び出店者の双方に利益をもたらすため、それぞれ個別・詳細に打合せを行い、最も適した手法により再生を実現している。

借地で旅館業を営み経営不振から廃業を覚悟した経営者の場合は、資金面の目途をたてるために、段階的に改修することで再生を実現。建物を壊すと収入の道が絶たれたが、旅館跡には、レストランや衣料品店など5店が入居。毎月の賃料収入を生み出す「優良資産」へと再生されている。

所有者は、駐車場よりも多くの家賃収入が見込めるようになり、また、新築よりも建築費が割安なため、比較的安い賃料の設定が可能となる。

また、出店者に対しては、工務店経営者が、出店コスト削減のために、デパートの改装などで発生した廃材・什器等を無償で提供するほか、経営面についても指導・助言を行い、お金は無くともやる気のある若者の出店をサポートしている。

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