『昭和ミニ資料館』を核とした昭和の街づくり 山形県高畠町 昭和縁結び通り商店

『昭和ミニ資料館』を核とした昭和の街づくりを実施。交流人口の増加を図りながら、ロゴマークやオリジナル商品等をブランド化。

高畠町は、山形県の南東部に位置し、四季折々の多彩な風景が展開され、縄文草創期からの歴史が息づいている。1万年の歴史・温かい心・実り豊で豊穣な土地を持ち、「まほろばの里 高畠」の愛称で親しまれ、人口は約2万6千人の町で、東京からは新幹線で2時間20分、仙台からは車で100分(距離は100キロメートル)の位置にある。

「昭和縁結び通り商店街」は、町の中心である高畠地区に位置し、東西に約1キロメートルの商店街である。

この商店街の街づくり事業は、平成4年の「べにばな国体」が契機となっており、それまでは、中央通り商店街という名称で、三つの組織(幸町中央通り・中央通り・東中央通り)が形成されていたが、この「べにばな国体」で、町中を花で飾ったことにより、商店街の雰囲気が変わり、これを継続しようという動きが、3組織を一つにし、地域住民を巻き込んだ「花とみどりの会」を形成させるに至る。

花が商店街を彩ることによって商店街の汚れた部分が目立ち、商店前の掃除が徹底されるとともに、メーカー看板が「木製看板」へと変化した。

そんな折、平成6年に、取り壊しになる映画館から、石原裕次郎・赤木圭一郎等の懐かしい映画宣伝ポスターが約1,000枚も見つかったことにより、様々な事業を展開していくことにつながっていった。

「昭和ミニ資料館」
手に入った映画ポスターを活用し、平成7年に「昭和ぐらふてぃ」というイベントを開催した。このイベントでは、映画ポスターの展示・8ミリ映画の上映・昭和30年代の夏祭りの写真や新聞の展示などを実施した。終了後にこれらを何とか商店街活性化に活かせないかということで、有志の5店舗が店舗の中に昭和30年代の品物を飾り、「昭和ミニ資料館」が誕生した。

その後、マスコミに取り上げられることも多く、視察や観光客が訪れるようになると、「昭和ミニ資料館」は、多くの話題性と来客者の評価で知名度がアップした。

「昭和ミニ資料館」は、空店舗の活用もあるが、基本的には「展示品」を店舗の中や前面に飾ることにより、店主と来街者に「昭和」を題材とした会話が生まれ、地元の顧客も「資料館を見に来たよ」ということで、気軽に店舗へ出入りできるようになった。

5館から始まった「昭和ミニ資料館」は、現在までに19館へと増えている。

新庄100円商店街 山形県新庄市 新庄南北本町商店街等

「商店街の活性化は、地域住民の意識改革から」をキャッチフレーズに、アイデアから運用まで、100%住民の手によるオリジナル事業。

商店街の活性化に特効薬はない。」と言われ続けている。未だに行政の行う活性化事業というと、空き店舗に公的資金を注ぎ込んで、一時しのぎの賑わいを作り出すだけか、または単なる客寄せイベントでお茶を濁すかで、補助金が底をつけば、あとはきれいに元通りということが多い、との批判がある。しかし、こうした問題は「さらなる地価の下落・テナント料金の破壊」という特効薬の調合の仕方を誰も知らないだけだ、という思想のもと、「活性化に結びつかない使われ方をしているお金も、自分達の税金なんだ。」という若者達のNPOグループ「NPO-AMP」が考案したのが全国初となる「新庄100円商店街。」である。

現在では各個店とも順調に新規顧客を確保しており、県内外からの視察団体も後を絶たない状況となっている。

商店街全体を一店の100円ショップに見立て、全ての店の店頭に100円コーナーを設置。会計は店内のレジで行う為、買い物客は気がつかないうちに店内に誘導される形で足を踏み入れ、今まで入ったこともない店内の様子を知ることに。各個店では専門店だからこそできる在庫処分も可能となり、100円ショップでは陳列不可能なレベルの掘り出し物が軒を連ねる。

基幹とする理念に基づき活性化事業を実施 山形県酒田市 中通り商店街

商店街が定めた理念をもとに、コミュニティビジネス・地域性・地域文化・社会性・公益性を柱とする事業を展開し、商店街のにぎわい回復。

中通り商店街は、商業都市酒田の中心商店街として活動し、近隣や消費者への生活文化の提供と情報発信等、地域消費者へ大きな役割を果たしてきた。昭和51年の酒田大火により中心商店街の90%を焼失し復興に立ち上がり今日に至るも、ドーナツ化現象などの環境の変化により中心地の居住人口減少と商店数の減少が見られる。

平成16年に「17(いーな)なかまち活性化委員会」を設立、商店街の問題点の究明と研修を重ね方向を模索し研鑽を積んでいる。また、イベントや販促活動を手がける事業委員会も設立し、どうすればお客様に満足していただけるかを目標に活動している。商店街にしかできないサービス・活動をどのように進めていくべきか常に研究するとともに、商店街事業の行動基本とする理念を策定し、この理念のもとに具体的に事業を実施している。

中通り商店街理念
1.中通り商店街は、お客様のために、お客様とともに活きる。
2.中通り商店街は、社会に広く奉仕する心を持つ。
3.中通り商店街は、明るく、楽しく、互いに助け喜ぶ。
4.中通り商店街は、酒田の伝統ある生活文化を継承していく。
5.中通り商店街は、商店街の模範となることを精神とする。

(1)酒田TMOが運営する「さかた街なかキャンパス」で開催するイベントでの学生等との共同事業
・東北公益文科大生との「だがしや学校」の開催。
・高校茶道部によるお客様とのお茶会。
(2)選挙セール事業
・選挙の投票率向上の支援とともに、商店街への来街者増加を目的とするもの。
・投票済証を提示することにより、特価商品の購入や各種割引のサービスなど、特典を提供する。
・合併により広域化した地域への共催の呼びかけ。
(3)大根市・飛島まつり事業
・地産地消の推進と伝統の継承を図るもの。
・農業・漁業(産直)と商業(商店街)とのコラボレーションと、新たな販路拡大と人的交流によるコミュニティづくり。
(4)方言での接客事業
・地域文化の見直しと継承を目的とするもの。
・一般参加型の酒田方言講習会の開催。
・酒田に伝わる方言を染め抜いた「方言のれん」を作り、商店街に設置する。
・方言での接客によって、温かみと懐かしさを感じることのできる商店街づくりを目指す。
(5)花の絵コンクール
・花鉢を保育園、幼稚園に寄贈し、園児が育てた花の絵を描いてもらい、各商店の店頭に飾り、園児の努力をたたえる情操教育を推進。
(6)ひな街道への参加協力
・過半数の商店が雛人形展示に参加協力。
・各種ひなまつりイベントの実施。
(7)商店街活性化の研究
・街づくりの方向性、各店の営業活性化、経営管理、空店舗対策、異業種交流、新業態導入、高齢化対応ビジネス等の研究とこれらの短期・中期・長期事業計画の策定。

回遊性を高める空間作りで魅力創出 北海道北見市 北見市内4商店街

大型空き店舗を活用したチャレンジショップ運営と各種イベント事業による賑わい創出を目指して。

北見市は、明治30年、高知県からの北光社移民団と屯田兵により開拓の鍬が入れられて以来、オホーツク圏の中核都市として発展してきた。昭和31年に市政がひかれ、平成18年3月には近隣の端野町、常呂町、留辺蘂町と合併し、面積1,427平方キロメートルとなり、北海道で第1位、全国でも第4位の面積を有する自治体として、産業・経済、医療、教育、文化・スポーツなど、オホーツクの拠点、商業流通の中核的役割を担っている。

昭和50年代までは、行政と商業者などが協力し、駅前再開発事業、モール化事業、商業近代化事業などに積極的に取り組んできた。

しかし、急速に発達したモータリゼーションは車依存型都市の性格をもたらし、昭和60年代に入り、郊外の国道39号沿いの三輪地区に大型商業施設の出店が相次ぎ、都市の郊外化現象が顕著となった。

こうした中、平成10年に空洞化が進む中心市街地の現状に危惧を抱く市民や商工関係者などが中心となり、北見市中心市街地活性化推進協議会を設立し、中心市街地活性化基本構想の策定に入り、市はこの基本構想をもとに、平成12年に「北見市中心市街地活性化基本計画」を策定した。

また、同年7月に「TMO構想」が認定され、北見商工会議所がタウンマネージメント機関となり、活性化の取り組みを進めてきた。

TMOでは、中心市街地の大型空き店舗を活用したチャレンジショップの運営事業のほか、この場所を利用した文化教室やギャラリーを開催し、各種イベントや地場野菜の即売等による賑わいの創出に向けた中心市街地の活性化の取り組みを進めている。

商店街にトランジットモールを導入 沖縄県那覇市 那覇市国際通り4商店街

歩行者に配慮して、一般の車両を規制し、公共交通機関だけが通行できるトランジットモールを導入し、人に優しいまち、歩いて楽しいまちの実現へ。

沖縄の県都那覇市のメインストリートとして商業の発展に貢献してきた国際通りは、およそ1.6キロメートルの2車線の道路で、行政機関、金融機関、民間企業などが立地する業務集積地に隣接し、通りには多くの商店が軒を連ね、百貨店、飲食店、雑貨店等の生活関連商業施設はもとより、ホテル、土産品店など観光客を対象とした商業施設も多数存在しており、「沖縄の顔」として重要な役割を果たしている。

しかしながら、近年、モータリゼーションの進展による深刻な交通渋滞と環境悪化、郊外大型店の進出、新都心地域の開発などにより、国際通りは中心市街地としての求心力を失いつつある。

このような現状を改善して、開放された道路空間の活用による商店街の活性化や高齢者・障害者にやさしいまちづくりを目指して商店街が取り組んでいるのが「トランジットモール」の導入である。

トランジットモールとは、歩行者に配慮して、一般の車両を規制し、公共交通機関だけが通行できるようにした商店街という意味である。

これまでの取組みについては、那覇市を中心に関係機関の支援を受け、平成13年度、平成14年度、平成15年度と3回の社会実験を行い、平成16年度には、これまでの社会実験のための委員会から本格導入のための委員会に組織を再編成し、平成17年3月13日には、本格導入に向けての試行実施が行われた。

事業の内容は次のとおりである。

(1)国際通りの交通規制(歩行者専用)
(2)トランジットバスの運行
国際通り内の歩行者(子供、高齢者を含む交通弱者)の移動支援、モノレールを含む他の交通機関とのリンク
(3)タクシーベイの設置
市民の足として定着しているタクシー乗降場
(4)オープンカフェの路上での実施
(5)ストリートパフォーマンスの実施
(6)商店街による販売促進
(7)商品荷捌き場の設置

道路空間の新たな活用による中心市街地の再生 鹿児島県鹿児島市

鹿児島県鹿児島市 中央地区商店街
来街者のアメニティ向上に資する道路空間の多面的な活用と、魅力ある歩行空間創出への取り組みの有効性の検証。

鹿児島市の天文館地区商店街は、古くから「天文館」の名で親しまれ、南九州随一の商業・飲食・娯楽施設を擁する広域型商店街として、今日まで確固たる地位を築いてきた。しかし、周辺市町の商業基盤の充実や消費者のニーズの高度化・多様化等により、その優位性は揺らぎ、中心市街地としての求心力にかげりが見え始めている。

そのような変化の中で、平成16年3月に九州新幹線が部分開業し、同年9月には「西鹿児島駅」から改称された「鹿児島中央駅」の駅ビル"アミュプラザ鹿児島"がオープン、さらに、平成17年4月には、海の玄関口であるウォーターフロントの一街区に鹿児島の味を中心にした飲食街や特産品を販売する大型商業施設"ドルフィンポート"が開業し、県内外から多くの人々が訪れ、それに伴い天文館地区にも新たな人の流れが生まれつつある。

このように、天文館地区をとりまく商業環境が大きく変貌している中、今後は平成23年の九州新幹線全線開業を見据え、上位都市との都市間競争がますます激しさを増すことが予想される。

そのため、「天文館地区が一つになった街づくり」、「鹿児島らしさを追求した街づくり」、「来街者にやさしい街づくり」など、単に物を買い求める場から情報、生活文化、アメニティといった付加価値を享受する場へと、高次都市機能の付加充実が求められている。

(アメニティ空間づくりへの取組み)

天文館地区は、アーケードの整備により、連続した広域的なショッピングモールとして多彩な顔を持っている。そのアーケードと道路等既存施設を有効活用し、来街者が歩いて楽しいハイアメニティな道路空間づくりや街区連携を図り、さらには、個店と道路空間が一体となった"新たなにぎわい空間"を創出するため、平成16年から2カ年にわたりアメニティ空間づくり事業を実施した。

イベント事業で商店街・大型店との共生協働 宮崎県宮崎市 宮崎市内6商店街

商店街の「線」、大型店の「点」を結び、「面」(商店街と大型店の連携のとれたエリア)への展開、Doまんなかモール全体で賑わいを創出。

本市は、宮崎県の県都であり、南九州における政治・経済・文化の中心的役割が期待される人口約37万人、面積596.80キロ平方メートルの中核都市である。宮崎市の中心市街地は、宮崎県の中心市街地でもあり、県の中心・中核都市として都市機能や風格等を備えたまちであることが望まれており、「いろいろな人が様々な目的(=夢)をもって中心市街地を訪れ、思い思いの時間を過ごすことができる(=育む)みんなにとって必要不可欠な場所として在り続ける(=夢を育むみんなの街)」を基本コンセプトにしている。

しかしながら、宮崎市中心市街地を取り巻く環境は、平成9年から平成14年の間に人口が約12%増加しつつも、宮崎市全体の小売業販売額が8.7%(商業統計)減少したのに対し、中心市街地のメインストリートである橘通り3丁目東側で22.1%、西側で28,3%の減少となっており、商業機能の郊外分散化の影響を受けている。

また、ファッションの中心である若草通りアーケードの空き店舗率が、平成15年9月の5%から平成17年3月には14.4%に悪化するなど、空き店舗の増加はさらに進み、中心市街地活性化区域内の通行量も平成10年度より減少傾向が続き、平成16年度は休日・平日合計で167,171人、さらに17年度は郊外型大型店の出店が行われ、152,331人で平成10年度と比較し、約34%の減少となっており深刻な状況となっている。

そこで、この状況を打破するために平成17年4月に宮崎市の中心市街地を維持、再生、発展させるために周辺の6商店街、5大型店を中心としたエリアを一つのショッピングモールと見立て「Doまんなかモール」と名づけ、各商店街、大型店が団結し、お客様の利便性を高め、快適な空間を生み出すために、共同の販促イベント事業を実施することでの中心市街地の活性化を目指してきた。

携帯電話、パソコンによる駐車場満空情報発信 長崎県長崎市 長崎市中央地区商店街

長崎県長崎市は、元亀2(1571)年のポルトガル船入港を機に、海外との交流によって栄え、文化・産業・経済などの面で他に類をみない国際色あふれる文化都市として、国内有数の観光都市の顔を持っている。その中心市街地に位置し、県下最大の商業集積である浜町を中心とした中央地区では、市民に『浜んまち』として愛される6商店街と周囲の9商店街が集まり、長崎市中央地区商店街連合会を組織している。

長崎は坂の町と言われ、また、異国情緒に富み、独特の表情を持った道路空間となっている。長崎市中心部は平坦地ではあるものの、道路状況は、道が狭い、一方通行が多いなど難点が多い。また、最近では駐車場不足が緩和し、街全体としての駐車台数の供給量は満たしているものの、小規模の駐車場が散在し、一般的には「車でお買い物に行きにくいまち」というイメージが定着していた。

長崎市所有の「長崎市駐車場案内システム」(以下、NPIS)の満車・空車等の駐車場情報(以下満空情報)を長崎市から提供を受け、リアルタイムで携帯電話やパソコンでユーザーに提供している。平成18年度には、加盟駐車場のうち、このNPISに対応している22箇所以外の駐車場に対しても、新たな方法としてLモード端末で情報を取り込むこととしている。

商店街で取り組むタウンマネージメントプログラム 香川県高松市 高松丸亀町商店街

土地の所有と利用を分離した商店街マネージメント等の実現。

商店街の現状とその分析
高松丸亀町商店街は香川県の県庁所在都市・高松の商店街である。約150店舗からなる商店街の総売上は、最盛期の1992年には270億円、通行量一日3000人に達していた。しかしすでに1980年代には通行量の停滞現象が観察されており、郊外でのショッピングセンター建設が次々と表面化し始めた。通行量は大幅に減少をはじめ、売り上げが急速に落ち始め、売り上げ、通行量共に、最盛期の50%減となっている。

丸亀町商店街の課題
商店街が確認してきた課題は以下の6項目がポイントである。

1、商店街における業種の偏りを正すこと
2、魅力的な都市空間を創り出すこと
3、居住人口の減少に歯止めをかけ、定住人口の確保を図ること
4、より合理的な土地利用を進めること
5、地価の高値安定によってもたらされる問題に対応すること
6、不動産賃貸業としての商店主の増加に対応すること
マーケット調査から
1)ドライブタイム1時間圏の人口など都市勢力圏は四国随一で都市型商業のポテンシャルが高いこと。
2)歴史的・地勢的に東京と直結の意識が強い土地柄だが(たとえば子弟の進学先は関西より東京)、本四架橋以降地元を大事にしようという機運が急速に高まり「高松型ライフスタイル」が求められるようになっていること。
3)市民には経済的・時間的・社会的ゆとりがあり、多様なレジャー・ホビーが展開されている良質なマーケットであること。
などが見いだされた。

これまでの商店街活性化事業
1963年に本格的なアーケードを設置、1984年にはそれを一新し、現在に至る。1970年代には駐車場の整備に乗り出した。販促・イベント、カード事業、清掃などマネージメント事業はもちろん、テレビガイド、ポケットパーク、コミュニティ施設などおよそ商店街で考えられることはすべて取り組み、いずれも水準以上の成果をあげてきた。

特に駐車場に関しては、現在769台の駐車台数となっており、その内訳は、北駐車場自走式(7階8層、296台)、南駐車場機械式(2基、77台)、第三駐車場(機械式71台)、第四駐車場(自走式325台)である。これに加え、A街区駐車場(自走式219台)を現在建設中(2006年11月竣工予定)である

廃業した温泉旅館 高齢者向け賃貸住宅に 福島・飯坂温泉 

福島市の飯坂温泉で今月、廃業した温泉旅館をリニューアルし、高齢者専用の賃貸住宅に再生させるプロジェクトが始まった。推進する社会福祉法人は保育施設や多目的広場も併設して、地域との交流を促進。「福祉のノウハウを生かし、新たな街づくりを全国に発信したい」と、観光客の減少などで元気がなくなった飯坂温泉の活性化にも乗り出す。

プロジェクトを推進しているのは福島県内で特別養護老人ホームや保育所を運営する社会福祉法人「とやの福祉会」(福島市)。飯坂温泉の中心部にある二つの元旅館の土地と建物を取得し、改修する。
 
計画では7、8階建ての二つの建物(計約4200平方メートル)の一部を取り壊し、床面積3000平方メートルの賃貸住宅60戸に変える。摺上川を望む浴場はそのまま残し、食堂や介護施設を備えた高齢者向け住宅とする。
 
定員20人の学童保育所や多目的広場も建設する計画で、福祉会は「入居者と地域住民との交流を促すことで、新たな人の流れが生まれる。温泉街の活性化にも貢献することができるはず」と説明する。運営には、地元町内会や福島大にも参加してもらう予定。
 
福祉会は今年4月、国土交通省が初めて募集した「高齢者等居住安定化推進事業」に事業計画を提出。「地域の新たな魅力の創出も期待できる」と評価され、補助対象に決まった。
 
総事業費約5億1000万円のうち、約1億6000万円が補助金として交付される。今月から建物の耐震性を調べる作業に入り、2011年7月に着工、12年8月の開業を目指す。
 
飯坂温泉とその周辺では06〜10年度、市や国による都市再生事業が実施され、温泉街の駅舎や公園、公衆浴場などが以前より整備された。
 
しかし09年度の観光客は約81万人で、ピークだった1973年(約177万人)の半分以下。今回改修される二つを含めると計28もの旅館が廃業したまま残され、その利活用が大きな課題になっている。

編集後記
私の仕事は宿泊業ではありませんが、ちょっと興味があってよんでみました。地域で頑張るってすごいなって思いました。見習った方が良い温泉地や自治体がいっぱいありますよね・・・もっと日本をステキにしていきましょうよ!

黒川温泉のドン後藤哲也の「再生」の法則

およそ20年ほど前までは地図にも載らないくらい寂れた温泉だったという黒川温泉。しかし今や人気ナンバーワンを誇る温泉となった。

由布院や別府など、近くに有力温泉が多数あるなかで、絶大な支持を受けている理由は何か。「山の宿新明館」と「山みず木」の2軒の旅館を経営する後藤哲也氏が明らかにする。

雄大な景色や派手な名物があるわけではない。そこにあるのは旅人を優しく包んでくれる山里の風景、それと調和した旅館やお風呂、もてなしの心である。

「山みず木」は木立の間の一本道をずいぶん登った先の一軒宿である。その露天風呂は渓谷の岩場と一体となっており、人間も自然の一部であるということが実感できる最高級の温泉である。

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