「とれたて村」が地域づくり表彰 〜ハッピーロード大山商店街振興組合〜

個性・地域資源を大切にした都市と農山村漁村との農商工連携による地域活性化が各地で進展している。農商工連携については、法制化の動きに加え、平成20年度の政府予算案や税制改正案で支援措置が講じられている。そうした中、東京都板橋区と交流のある全国各地の自治体のアンテナショップとして、ハッピーロード大山商店街振興組合(山中正一理事長)が運営する「全国ふる里ふれあいショップとれたて村」が今年度の地域づくり全国交流会議の『地域づくり表彰』で「国土交通大臣賞」と「日本政策投資銀行総裁賞」を受賞し、各方面で高い評価を得ている。

「とれたて村」は、店街の新たな魅力を創出し、人の流れを呼び込むことで、商店街の活性化を図るとともに、“モノ”や情報を通じて自治体間の交流の輪を広げることを目的として、平成17年10月にオープン。それまで行ってきた各地の物産イベントが大盛況であったことや区が空き店舗対策事業として交流都市のアンテナショップの開設を計画していたことなどがきっかけとなった。店舗の整備・運営は商店街振興組合が行い、経費の一部を区が補助している。
 
18坪の店内には、11市町村(北海道稚内市・青森県青森市・山形県尾花沢市・山形県最上市・新潟県川口町・新潟県妙高市・千葉県鴨川市・東京都八丈町・山口県萩市・長崎県長崎市・北海道小樽市)の産地直送のとれたて野菜や近くの店ではなかなか購入できない“ご当地”ならではの商品1,000アイテムが並ぶ。
 
売れ筋データや新商品のモニタリング要望があれば、消費者の声をレポートして交流自治体にフィードバックするサービスも行っている。組合のメンバーが実際に現地に行き、生産者と会って、その商品ができるまでの苦労や栽培法などを聞き、食べている。そうした「顔の見える」商品を収集。それが、商品の個性を引き出し、消費者の安心を得ることにもつながっている。

街・店の魅力を展示 〜新柳会商店街振興組合〜

「大森山王今昔物語と未来のタネ探し」‐‐。そんなキャッチフレーズを掲げて、東京都大田区の新柳会商店街振興組合では、市民や大学、百貨店と連携したまちづくり活動「大森山王プロジェクト」を推進中だ。2008年9月26日から28日にかけては、空き店舗での市民交流と展示企画「大森山王ルネサンス」を開催。約2,500名の市民が訪れて、自分の街や地元商店街の魅力を再認識する場となっている。
 
まず靴を脱いで会場内に入ると、床いっぱいに引き延ばされた、商店街の周辺半径1キロメートルの航空写真。立体模型の商店街も載せられており、来場者の家の場所やおなじみの店に続々とシールが貼られた。

一方で壁いっぱいに張り出されたのが、「アイデアの実になる3本の樹」。自慢したい一品の樹、私と商店街の思い出の樹、ここを直してほしい!樹‐‐の3本に市民が続々と意見を寄せた。
 
一方で「山王コーディネート」コーナーでは、複数店舗の商品をテーマ別に提案展示。食素材や飲料、テーブルウェアなどを集めた優雅なディナー編、高齢者向けグッズ・サービス編など、ユニークな提案が来場者の注目を集めた。
 
今回のイベント運営では、“まちの連携”が大きなテーマ。大森山王プロジェクトには都市工学系大学関係者等が名を連ね、地元百貨店も販促・企画面で積極協力。隣接商店街からは、趣旨に賛同した若手商店主が自主的に参画している。
 
同商店街では2006年の振興組合化を皮切りに、アーケード刷新、さらに美術講座開催など文化事業を展開中。周囲には観光資源も多く、「将来的には広域集客にもつなげていきたい」考えだ。

空き店舗に交流拠点 〜板橋イナリ通り商店会〜

東京都板橋イナリ通り商店会の空き店舗に平成21年3月8日、商店街直営の地域ふれあいステーション「コン太村」がオープンした。ゲーム博物館や駄菓子屋、お休み処を兼ねた交流拠点で、都の地域連携型モデル商店街事業「いたばしアイアイプロジェクト」の一環。
 
記念式典には坂本区長をはじめ三枝都商工部長、原田区商連会長のほか、町会、地元企業、東京家政大など関係者が多数集結し、地域ぐるみで門出を祝う場となった。

今回のコン太村の特徴は、まず文字通り地域の手づくりでの開所となっている点。元薬局の改装や壁紙提供、ゲーム機の修理部品等では地元企業が協力。壁紙のデザインは東京家政大生が、ファサードの木看板はプロジェクトメンバーがそれぞれ担当した。また開所イベントでは、地元企業提供のカレーづくりや骨密度測定コーナーのほか、地元企業提供のブラックライトを用いた小学生の工作品も華を添えた。
 
また市民の交流機能にも力を入れている。館内には、昭和レトロなゲーム機約30台や駄菓子が備えられ、昔懐かしさに惹かれた地元住民や放課後の地元小学生の憩いの場に。また地元企業の商品紹介コーナーも設けられたほか、壁紙にはプロジェクトメンバーの幼少時のモノクロ写真があしらわれて、昭和レトロを親しみ深く演出している。
 
また新規の創業支援機能を果たしている点も注目される。同拠点の運営を担うのは、平成17年の区の空き店舗活用コンテスト大賞事業「ゲーム博物館」を企画した地元の元会社員。常盤台中央通り商光会での2カ月限定の運営経験を元に、今回は会社を退職したうえで念願の常設開館にこぎつけている。
 
同拠点はゲーム機の効果でマスコミの注目度も高く、地元の世代間交流のみならず広域集客にも寄与しつつある。また地元飲食店と東京家政大生が共同でメニュー開発を始めるなど、「『コン太村』を起爆剤に今後は個店レベルでの地域連携も後押ししていきたい」(会長)考えだ。
 
今回は、改装費・家賃を都と区が5分の2ずつ、3年間の家賃を3分の1ずつ助成する。

カフェで地域連携 〜メリーロード高輪〜

東京都港区のメリーロード高輪なかほどのコミュニティ・スポット「カフェ10(テン)」に入ると、プンと香ばしいコーヒーの香りに包まれる。壁には市民アーティストの作品が飾られ、イスはカウンターをメインに10脚のみ。約6坪弱の小さな空間に店主・客同士の会話が自然に広がる、文字通り“コミュニティ・サイズ”のスポットだ。
 
店内のメニューはブレンドコーヒーやチーズケーキなどで、平成20年度より交流している地方とのコラボ・メニューも開発していく予定だ。開店時間は午前10時-午後4時、午後6時-10時で、定休日の木曜はレンタルスペースとして地域に開放。さっそく地元の絵手紙サークルなどの申込みが相次いでいる。今回は都の新・元気を出せ!商店街事業および、港区の商店街変身戦略プログラム事業の指定を受けて、改装費および2年後までの家賃について都と区が補助している。

同拠点は、商店街外部若手人材による空き店舗での新規創業という点でも注目される。カフェの経営を担うのは、商店街など主催の「まちづくりワークショップ」をきっかけに、商店街活動に参画するようになった近隣在住のOL。「商店街にほっと一息つけるような場所がない」との問題意識をもとに、「カフェ10を地元の新旧住民や在勤者が、街を訪れるきっかけとなる交流拠点にしたい」(店主)との抱負だ。
 
同商店街は平成18年度に都の地域連携型モデル商店街事業の指定を受けて以来、地元大学や市民を巻き込んで商店街CI事業やハード整備、毎月のワークショップ等を展開してきた。「今回のカフェはこうした地域連携のベースともなるコミュニティ拠点」(会長)との位置づけだ。ここ半年だけでも同カフェをはじめベーカリー、ブティックなど内外からの若手店主の出店が相次ぐなど、地道に培ってきた地域連携の取り組みが徐々に効果を上げつつあると言えそうだ。

守山駅前、70店100円均一 23日、にぎわい創出

守山市のJR守山駅前周辺の商店街を中心とした店舗で23日、「守山100円商店街」が開かれる。100円以上の商品やサービスを100円均一で提供し、来店のきっかけづくりと商店街のにぎわいを演出する。滋賀県内で100円商店街に取り組むのは守山が初めて。
 
守山100円商店街は、駅前周辺の5つの商店街やNPOなど16団体が実行委員会を組織して実施する。
 
100円商店街は2004年に初めて山形県新庄市で行われた。商店街全体を100円ショップに見立て、100円商品を呼び水に来客数や売り上げが増加する効果を生んだ。こうした試みは全国的に広がっており、守山でも開くことにした。
 
守山100円商店街は100店舗の参加を目指している。実行委によると、現在の参加は約70店舗。販売数量は各店舗によって異なるが、通常100円はくだらないふくさ、Tシャツ、いなりずし(3個セット)などを販売し、「埋蔵品」と銘打った目玉商品もそろえるという。
 
地元の歳末売り出しイベント「もりやまいち」と同時開催し、100円商店街の参加店舗は専用のぼりを掲げる。実行委事務局のまちづくり会社「みらいもりやま21」の石上僚マネジャー(31)は「単発で終わらせず3〜4カ月に1度のペースで続けたい」と話す。

編集後記
大坪勇二さんの推薦図書ということで、購入。野球選手だった著者(土屋健)が保険営業に転進したものの、まったく売れずどん底を味わったが、そこからいかに一念発起して、成功者となったかが、ありのままに描かれている。印刷品質が悪く、活字が汚いが、内容は抜群。

私はどうして販売外交に成功したか

「売れる個店づくり」というどこから見ても正当かつ緊急の目的達成に組合を挙げて取り組むべきだ

商店街内外の関係者から続出すべき疑問だと思うのですが、なぜ出ないのか、これも不思議なことです。というよりも私にはこれが一番不思議、だって街づくりはボランティアではありませんからね。もっと商売人らしくお金儲けに徹していただくことが顧客=地域社会のためであり、貴重な皆さんの寿命の一部やこれも貴重な補助金やらが活かされる唯一の道でしょう。
 
中心市街地活性化、これからますます厳しくなっていく環境の中でいったいどう取り組まれて行くのでしょうか。いずれにしろ、個々の店舗の繁盛の実現無くして商店街の活性化は絶対に達成できません。このことを肝に銘じて組合を挙げて繁盛店づくりに取り組むべきです。このことをないがしろにしたままでは、これから先どんなに有利な施策が打ち出されても商店街の活性化はあり得ません。
 
誰にせよ、お店を繁盛させることができるのはお客だけ、という鉄則を抜け駆けすることは不可能です。活性化とは、街や店が(特に自店が)どうなることなのか、自分の頭を使って考え抜くことからしか、新しい繁盛への道を切り開くことは出来無いと腹をくくるべきです。
 
商店街活性化とは、自分の店、隣の店、仲間の店が繁盛することだ、というどこから見ても明々白々、当たり前のことを声を大にして言わなければならない、王様は裸だ、最初に言った子供は無心に見たままを口にすれば良かった。
 
しかし、商店街にはいろいろと経緯やらしがらみやらがあり、いえば即刻執行部批判だ、と反対分子扱いされる可能性もあるでしょうし、その他何らかの形で不利益をこうむるかも知れません。しかし、七不思議を知った以上、これに目をふさぎ、口を閉ざして活性化が実現するということは絶対に無いということもあらためて確認できたと思います。

「立場立場の人間の臆病が問題の解決を妨げる」、誰かが勇気を出して一歩前に出ない限り、街の活性化は夢のまた夢に終わってしまいます。夢で終わるくらいなら初めからさっさと別の道を歩くべき、方針転換か活性化の断念か、事態は厳しく店主の皆さん一人一人に二者択一を迫っているといってけして過言ではないと思います。

活性化に取り組んだ街の話はよく聞くが、成功した、という話はほとんど無い

活性化とは何がどうなることか、という根本的なところをカッコに入れて事業に取り組んで活性化を実現出来る・繁盛店が続出する、ということは今日の競争環境では奇跡に近いことです。商店街立地で奇跡が起きるなどということはあり得ませんから成功事例もほとんどない、ということになります。
 
来街目的である「買い物の場」がきちんと充実されないままで、街の美観や施設の整備(お客にとって来街目的達成におけるプラスαという位置づけでしかない)ばかりに力を入れても肝心の街に来る目的が無い、ということですから。
 
「成功」といわれている事例のほとんどは、再開発ビルの建設やアーケードの新築・掛け替えなど、施設建設の竣工というケースが多いようです。もちろんさまざまな利害が錯綜する街なかでプロジェクトを成功させることは並大抵のことではありません。成功にこぎつけるには相当のご苦労があったことは容易に想像出来ます。ノウハウも蓄積されているだろうしそれを学ぶことは大切です。
 
しかし、整備工事の結果は一度見れば十分です。来街目的がしっかり整備されていない以上、「来街・来店・購買頻度の向上」=繁盛店の続出という正しい意味での商店街活性化にはつながりません。それもそのはず・・・、

巣鴨は「お年寄りの原宿」 東京都豊島区 巣鴨地蔵通り商店街

歴史と文化を大切にした、ふれあいのある、人に優しい街。コンセプトを明確にした「お年寄りの原宿」。

JR山手線巣鴨駅、都営地下鉄巣鴨駅、都電庚申塚停留所近くに位置し、全長約780メートルの商店街。商店街にはとげぬき地蔵尊のある高岩寺、江戸六地蔵尊の眞性寺と猿田彦大神庚申堂が存在し、「歴史と文化を大切にした、ふれあいのある、人にやさしい街」を商店街の基本コンセプトにしている。

巣鴨は、「お年寄りの原宿」と呼ばれて久しいが、もともと宗教施設に囲まれた、いわゆる寺町であり、菊づくりのふるさとであり、地域の歴史と文化を感じさせる商店街である。

参詣客と買い物客で連日賑わいを見せるが、「4の日」のお縁日では数多くの露店が並び、観光バスで地方からも多くの来街者が訪れる。年間を通してとげぬき地蔵尊を中心に様々なイベントを開催し、「巣鴨に行ったら、いつも何かをやっている」という来街者の期待に応えている。過去より、お寺と地元との協力関係は良好で共に活動を行ってきており、境内をイベント広場として開放するなど、現在もその関係が続いている。

また、ホームページを活用し、イベント情報の積極的な情報発信を行っている。

(1)4の日
年中行事が多い街であるが、4の日のお縁日は200軒近くの露店が出て、多くの来街者が訪れる。1、5、9月の24日の例大祭には15万人の人出となる大盛況である。

(2)どんがら市(春・秋)
昭和49年から続くイベント。日頃の顧客への感謝として各店頭にてその日限りの破格値で商品を提供することで多くの来街者が訪れる。

(3)菊まつり
平成4年から続くイベント。とげぬき地蔵尊境内・真性寺境内に丹念に作られた菊が展示される。2000本以上の花を持つ大輪や美しい形の懸崖、繊細な仕上げの盆栽まで多数の色鮮やかな菊が好評を博し、多くの来街者が訪れる。

(4)ミニみに縁日(8月29・30)
いつもはお年寄りで賑わう地蔵通り商店街で、毎年恒例で実施している夏休最後のお楽しみ縁日。とげぬき地蔵高岩寺境内で、焼きそばなどの食べ物だけでなく、射的や輪投げ、ボール釣などを行っている。この両日ばかりは、とげぬき地蔵も子供達であふれる。

(5)すがも商人まつり(4月下旬の土日)
一つの商店街だけではなく、地域の商店街が力を合わせ巣鴨地域全体で取り組むイベント。巣鴨地域の6商店街に七福神を設定し、地域を巡るスタンプラリーや豊島区との友好都市の観光物産展を開催している。

スタンプ事業の全国モデル“烏山方式” 東京都世田谷区 烏山駅前通り商店街

スタンプ事業の先駆け、日本一の実績。貯まったスタンプは商店街での買い物だけでなく地域金融機関での預金も可能。

京王線千歳烏山駅周辺を中心として南北にまたがる延長約1.7キロメートルの面的商店街でスタートは昭和25年に任意団体として発足。商圏は南北1.5キロメートル、東西1キロメートルで商圏人口は約7万5千人を想定している。スタンプ事業に力を入れており、集めたスタンプは域内金融機関での預金も可能等多くの付加価値を付けて収集意欲を増幅させる取り組みをしている他、ポイント機能のあるカード事業も行っている。また、クレジットカード事業、メイン道路の拡幅、電柱の地下への埋設等街の美化・環境整備にも取り組んでいる。

(1)スタンプ事業
昭和40年に当時の駅前付近の全商店街と同規模の売り場面積を持つ大型スーパーが出店することとなり、地区には新宿、渋谷、吉祥寺等もあることから値引きでは対抗できないことの危機感から、スタンプ事業を実施。加盟店は組合よりスタンプシールを購入し、買い物客の購入額に応じてスタンプを提供し、貯まった台紙は商店街での買い物、預金、観劇等のチケット交換等に使用可能。また、現在は、スタンプ事業の延長として地域で行われたボランティア活動などにもポイントを付与できる新カード(ICチップ付き)が導入予定である。ICカードでは、スタンプ機能の他、会員だけの特典もあり、カード1枚で買い物、金融機関への預金、各種イベントへの申込み等が可能となっている。

(2)ハード整備事業
電柱地中化、街路灯、カラー舗装、街路樹整備と共に駐輪場を設置。

(3)商店街PR活動
平成17年度には、若い世代にも商店街に興味を持ってもらえるよう、商店街の活動をドラマ仕立てにして情報を掲載した冊子を作成し、フリーペーパーとして事務局や店舗で配布した。

異なる時代景観と連続する商店街で高まる回遊性 埼玉県川越市 川越市内7商店街

異なる時代景観と連続する商店街で高まる回遊性 埼玉県川越市 川越市内7商店街

「蔵のまち」として有名。明治・大正・現代と、それぞれ異なる時代の景観特徴を活かした連綿とした商店街に発展。

JR・東武東上線川越駅東口から北へ1,200メートルのクレアモール(川越サンロード商店街、川越新富町商店街)、大正浪漫夢通り(大正時代をイメージ)、蔵を活かした川越一番街(江戸時代をイメージ)、菓子屋横町へと続く商店街。

川越市には、それぞれに異なる時代の景観特徴を活かしながら商業活性化を目指す6つの商店街が連続して形成されている。そのため回遊性が高まり、商業と観光が入り混ざった多目的な来街者を呼び込んでいる。

平成2年に再開発を行なったJR・東武東上線川越駅東口から、北へ1,200メートル続くクレアモール(川越サンロード商店街、川越新富町商店街)には、平成の賑わいを見せる商業景観が続き、さらに北へ進むと昭和を代表する看板建築の建物が立ち並ぶ中央通り商店街、大正時代をイメージした景観造りにこだわり活性化を目指す大正浪漫夢通り商店街へと続く。そして、明治の蔵造りの町並みを残す川越一番街があり、何となく郷愁を誘う川越菓子屋横丁会が近接している。

旧市街地は伝統的建造物群保存指定地区に、中心市街地の一部は都市景観形成地域に、それぞれ指定されており、「町づくり規範」に基づいた街並みづくりが行われている。

川越は1457年の川越城築城より、江戸城の北の守りとして代々有力な武将が配され、城下町として栄えた。当時より賑わいを見せる一番街は、明治・大正・昭和始めと県内屈指の商業地として栄えたが、鉄道の開通による中心市街地の移動、商業形態の変化などにより衰退の憂き目を見る。しかし、昭和30年代あたりからの蔵造り保存に対する提言が行なわれ、まちづくりへの運動は40年代末になって、川越青年会議所の活動、建築学会の提案コンペなどを通して一定の高まりを見せはじめることとなる。昭和62年には「町づくり規範に関する協定」を制定し、「町づくり委員会」による独自の景観コントロールを始め、蔵の会による「商業活性化による景観保全」の理念とともに、行政に任せっきりではない、自主的なまちづくり活動が行なわれるようになった。

その手法は近接する商店街へも波及し受け継がれ、商店街として独自の委員会組織を持ち、各商店街がそれぞれに意志を持って特徴的なまちづくり活動が行なわれている。

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。