浮川和宣「一太郎」を開発しジャストシステム設立

1985年に誕生した日本語ワープロソフトの代表格「一太郎」は今年、情報処理学会に「情報処理技術遺産」として認定された。この一太郎を開発し、ジャストシステムを立ち上げたのが、浮川和宣氏(1949〜)である。

浮川氏は大学卒業後、電機メーカーに就職し、75年、学生時代から交際していた初子さんと結婚。初子さんは当時としては珍しい女性のプログラマーで、結婚後もプログラミングの仕事を続けていた。彼女の才能を見込んだ浮川氏は独立を決意し、79年、2人の故郷である徳島に戻ってジャストシステムを創業する。

パソコンの黎明期だったこの時期、浮川氏は日本語処理、すなわち「かな漢字変換」に狙いを定め、初子女史は半年かけて1人でこのシステムを完成させた。当時メジャーだったワープロソフトのほぼ半額だったうえ、日本語入力システム部分が分かれていて他機種にも移植できる特徴が評価につながり、シェアを急速に拡大した。

かな漢字変換はスペースキー、変換の確定はエンターキ−というキーボードの割り当ては、現在の日本語入力では主流になっているが、これは一太郎の日本語入力システム、ATOK(エイトック)の操作方法が自然に標準となって定着したものである。

90年代に入ると、ウィンドウズの台頭とともにマイクロソフト製のワープロソフト「ワード」が普及し、一太郎はシェアを失っていく。しかし、ATOKのすぐれた日本語変換機能には今も定評があり、2007年にはグッドデザイン賞を受賞。今ではこちらがジャストシステムの主力製品だ。近年は、日本語処理のノウハウを生かした自然言語検索システムや電子データの内容を分析するマイニングソフトなど、主に企業向けの製品開発にも注力している。

同社は創業以来ずっと拠点を徳島に持ち続けたほか、大きな資本の傘下に入ることなく独立系のソフトウエア開発会社として成功を収めたという点で、希有な存在である。妻の才能と日本語処理ソフトの需要をいち早く見抜いた浮川氏の先見の明の賜物だろう。

浮川夫妻は昨年、手塩にかけたジャストシステムを退社し、新会社MetaMojiを創立した。今後も「ことば」にこだわっていくという夫妻のこれからの取り組みに注目したい。

編集後記
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