吉村秀雄商店:大胆改革、老舗酒造が復活 品質の差別化と販売先の絞り込み /和歌山

産地明確に、仕込み過程もネットで紹介−−岩出
業績不振と過剰投資で約116億円の負債額を抱え、03年に民事再生法を申請した岩出市畑毛の老舗酒造会社「吉村秀雄商店」(安村勝彦社長)。売上高は1億5000万円を超えるまでに回復したが、同社は「まだ再生途上で、信頼回復と成長に向け地道に頑張りたい」と自社蔵で醸造を続ける。
 
創業は1915年。「日本城」などの銘柄で知られた。しかし同法を申請した03年には、系列不動産会社の借り入れをめぐり、仮差し押さえを免れるために資産を隠したとして、当時の社長が強制執行妨害罪で起訴される事件も起き、社会的信用を失った。
 
会社をたたむ選択肢もあったが、関係者たちは創業の地で再建に乗り出した。当時の社長の次男で営業部長の吉村猛さん(52)は、この時から家業に携わる。本職は大阪府豊中市の開業医。歴史ある蔵を守りたい一心だった。
 
マイナスからの再出発だったが、だからこそ思い切った改革ができた面もある。品質の差別化と販売先の絞り込みだ。原料に自社田米と契約栽培米を使い、産地が明確な製品と強調。紀の川の伏流水を使い、自社蔵で仕込む製造過程も、インターネットなどを通じ紹介した。また、消費者に届くまで品質を保つため、契約する小売店は、冷蔵管理ができる店にした。特約店は現在約80店に上る。また、自社田の田植えや、夏場に品質を確かめるため試飲する「呑(の)み切り」を社外に開放し、「地域と共生する企業」を模索してきた。
 
国税庁によると、日本酒の消費量は、1975年度の167万5000キロリットルをピークに減少。00年度以降は100万キロリットルを下回り、08年度は63万1000キロリットルとピークの4割を切った。焼酎をはじめ、「第3のビール」などの台頭、ハイボール人気などに押され続ける形だ。
 
同社にとっても、自社経営と同時に、日本酒全体の底上げが急務という。同社は公開イベントのほか、料理教室と提携し、日本酒に合う料理レシピをインターネット上などで提案する試みも始めている。

初呑み切りに全国から140人
今月1日に同社の築約90年の酒蔵で開かれた「初呑み切り」。冬に仕込んだ酒の品質を確かめるための試飲検査で、全国から約140人が訪れた。会場の酒蔵は、真夏でも室温25度と涼しい。発売予定の銘柄も含む37種類が並び、愛好家らは香りや味を探った。
 
杜氏(とうじ)の林本嘉宣さん(70)が、酒の品質を落とす菌などについて説明。試飲後には社員が蔵や精米場、自社田などを案内し、手作りのおにぎりや地元産アユの炭火焼きでもてなした。
 
東京都杉並区の会社員、大川英樹さん(47)は「なじみの酒店でここの酒と出会った。呑み切りに参加できる蔵はほとんどなく、貴重だ」と喜ぶ。フランス人のヴァンソン・ブロンドォさん(31)は、みなべ町出身で婚約者の川口多喜さん(32)=いずれも京都市=と参加。近く貿易業を始める予定で、日本の名産品探しも兼ねているといい、「それぞれ香りが違い、丸くエレガントな味わい。スタッフもよく説明してくれた」と話していた。

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。